コーヒーの日




=ダルside=


俺の名前はダル。
コーヒーをこよなく愛する普通の青年。
どうして、そんな俺が今、此処、グレッシュの家にお呼ばれしたかと言うと、あれ、だ。

今日が【コーヒーの日】だから、らしい。
正直、俺、そんなこと知りもせず、さっきまで、ひたすらコーヒーを家で眺めていた。

「ダルさん、ダルさん」

「どうした?」

「美味しいですか?」

俺にマグカップを渡したグレイッシュはそう言った。
俺、まだ飲んでいないのに。

「あ、うん、美味しいよ?」

どうしてか反射的にそう答えてしまった。
グレイッシュ相手だと俺、そうとう甘いな。

「……美味しいって本当ですか?」

不安そうにグレイッシュが聞いてくる。
俺は内心ひやひやしながら、出来るだけ笑顔で「本当だって」と言う。
するとグレイッシュは「飲んでもいないのに…」と呟いた。
しまった。

気がついていたのか。
分かっていて、聞いたのか。

「…………」

とても真面目で思案深い子が、飲んでもいないコーヒーの味を聞いてくること事態にまず、俺が気付くべきだった。

「……いや、いつも美味しいから、今日も美味しいだろうなって…思って」

俺は格好の悪い言い訳をする。
正直に言うと、グレイッシュの作ったコーヒーは、おいしくない。
ちっとも、これっぽしも、微塵にも、おいしくない。
キツイ言い方をしたら、不味い。

「ダルさん。俺、ちゃんと言ってくれないと、信じて作ってしまいます」

「?」

「ダルさんが優しいのは知っています。俺の、美味しそうに飲まないのに、何時だって、美味しいって言ってくれることも、俺、知っています」

泣き出しそうな顔をしてグレイッシュは言う。
久しぶりに見た。そんな弱々しい顔。

「……えいっ」

俺はグレイッシュのおでこをコツンと小突いた。

「?」

「キツイことを言うと、美味しくない」

「やっぱり…」

「でも、さ、グレイッシュ。俺はいつも飲んでるだろう」

「それはダルさんが優しいから、しかたなく」

「グレイッシュ。俺は不味いコーヒーは嫌いだ。だから、不味いってわかったら、二度と買わないし、飲まない主義だ。でもな、グレイッシュの淹れたコーヒーは好きだな。味は不味いけど。ふと飲みたくなる時がある」

「ダル…さん」

堪えていた涙がぽろぽろと流れる。
グレイッシュはそんな自分に驚いているように顔を隠す。

「ほらほら、こっち見て」

「いや、だ…」

「なんで?」

「だって、泣いてて、格好悪い」

「格好悪くてもいいじゃん。俺の前で気を使うなよ」

「…………」

「ほらほら、泣きたいだけ泣いて。また明日も俺のコーヒー淹れてくれ」

「あ、りがとうご、ざいます」

思いっきり鼻声でグレイッシュは言った。
本当、お礼を言うのは俺の方なのに。

あの頃だって、俺の方だったのに。
なのに、いつも君は、自分を卑下して、すぐに下手に出る。

「グレイッシュ。俺は、グレイッシュにはすごく感謝しているよ。今まで言いだせなかったけど。俺は、俺のこと精一杯考えてくれる君が好きだよ」

ああ、また、言葉は何処か婉曲してしまう。
俺はただ、ありがとうって君に言いたいのに。
もう自分を卑下しないでって言っていたのに。
言葉って難しい。

「ダルさん、俺もダルさんのこと好きです。俺、将来ダルさんみたいになりたいです。憧れです」

「俺は、グレイッシュはそのままで魅力的だとおも…」

「え?」

「何でもない」

「続きは?」

「忘れろ!」

照れくさくて俺は肝心なことろで、グレイッシュの不味いコーヒーを飲みながら、苦笑いした。
だってさ、恥ずかしいじゃん。

「……ありがとうございます」

そんな弱々しい言葉も聞こえた気がした。今日はコーヒーの日。





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