私が思い描いた世界2
=ブラックside=
「本当に!」
「え、ええ」
「嬉しい。僕、すごく嬉しいです」
「……はい」
キラキラと瞳を輝かせて笑う少年に私は何処か戸惑いました。
「オジサンの仕事って何なの? あ、何なのですか?」
「敬語使わなくていいですよ?」
「え、いいの? ありがとう。僕、敬語苦手なんだぁ」
「私は敬語しか使えない人間なので、なんだかわかるような気がします、その違和感とか」
「えーそうなんだ!」
「……今さらですが、どうして迷子になられたのですか?」
「いや、その、職場というものを見てみたくて。でも、門前払いじゃん。だから、無理やり忍び込んだら、地理がわからなくて…困って」
「ああ、そうなのですね」
「あ、あれ? 怒らないの?」
「?」
「子どもが何をしているんだぁ! とか?」
「いえ、別に、貴方がされたいように、したことに、私が怒るなどとは」
「オジサン良い人」
「……私は良い人じゃありません。ただ冷たいんでしょうね」
「え?」
「ただ見ているだけで何もしてあげないんですから」
そう、いつも、見ているだけ。心配しているだけ。何か行動に移したことなんてありません。それって、本当、冷たいですよね。
「うーん、僕には難しいことはわからないけど、オジサンは良い人だと思うよ。なんていうのかな、お母さんみたい」
えへへと満面の笑みで少年は言いました。
「安心感がある。オジサンの顔見ていたら、甘えてしまいたくなる」
「貴方が望むのなら、甘えてくださっていいのですよ?」
「私はただそれを受けとめるだけです、とでも言うの?」
「ええ、よくわかりましたね」
「だって、オジサン僕の死んだお母さんにそっくり」
「え」
「そんな顔しないでよ。もう平気なの。お母さんは天国から僕のこと見守ってくれている。平気。平気だよ。僕にはたくさん夢もあるし」
「夢ってどんな」
私は少年に自分を重ねていたのかもしれません。
自分から、そんな噛みつくように尋ねるだなんて、私らしくもない。
「え、僕の夢? 僕の夢はたくさん思い出を作って、いつか天国のお母さんと会った時にお話すること。だから、たくさん、たくさん思い出を作るの」
「そうですか、それは素敵ですね」
その思い出の中に、私は今、入っているのでしょうか?
などと聞きそうになった唇を噛みます。私は一体どうしたというのでしょうか。疲れているのかもしれません。
「ほ、本当に!」
「え?」
「本当に、素敵なの。オジサンは馬鹿にしないの?」
カメラを両手に持って、少年は私に問います。その時、ふとホワイトを思い出してしまいました。頑張り屋さんの彼。そんな彼の姿を笑った、いじめっ子達。そして、純粋な思いを踏みねじるような、世間の風。どうして簡単に人は誰かを傷つけてしまうのでしょうか?
「しませんよ。誰かの一生懸命な願いを馬鹿にする人、私大嫌いですから」
「オジサン」
「あ、すみません。ちょっと感情的になってしまいましたね」
感情的になってしまったことを私は恥じました。いい大人なのですから、もう少し余裕を持ちたいものです。自分の感情なんていらないのですから。感情なんてものを持っていると、波紋を呼びますし。
「どうして? 感情的になったらいけないの?」
「いけないことはないですけども。私はありのままを受け入れて生きていきたいのですよ。もういい年ですしね」
「それが大人なの?」
「ええ」
「疲れない?」
「?」
「お母さんが言ってた。気持ちをため過ぎると、いつか破裂するから、小出しにしなさいって」
心配そうに少年は私の瞳を覗きこみます。
「オジサン、僕、オジサンのお話が聞きたい。オジサンの思っていることが聞きたい」
「私は」
「オジサンはありのままを受けとめるんでしょ。だったら、僕のお願い聞いてくれるよね?」
「嫌です」
硬く蓋をしたものを簡単に開ける気になんてなれません。そう思って私が言い放った言葉に、少年は微笑みました。
しばらくして気が付きました。
久しぶりに私は「嫌です」と口に出してしまいました。
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