夢現

メイは本当に騒がしくて失礼で、賑やかな娘だった。

聞いてみれば記憶喪失なのだというから、ますます面白そうだと心が躍る。

ヒューマ、少女、能力者、記憶喪失、森。

全てが謎すぎるのに本人は呑気にトーマの背中で鼻歌なんて歌っているんだから、本当に面白い。

謎すぎる存在であるだけでも面白いというのに、メイをからかうのはなによりも楽しかった。


森から拾ってきた女の子。

面白い拾いもの。暇つぶしの玩具。

ただそれだけだったのに。



自分がこんなにメイに興味を持ってしまったのは、予想外だった。

睨みつければ離れていくと思ったし、苛め続ければ嫌われると思った。

とても読めない量の本も押しつけたし、訓練では初心者相手に剣を向け、容赦無く傷つけた。

笑いごとでは済まないような冷たい言葉も投げたし、洒落にならないような傷も負わせた。

それでもメイは傷だらけの身体をひきずって、もう一回!と大きく声を上げて、訓練を続けた。


何を勘違いしてるんだろう。

これはミリッツァやワルトゥがするような真っ当な訓練じゃない。

ただ僕が君を傷つけるだけの遊びだというのに。


厳しく鍛え上げてボロボロになるメイを見ているのももちろん楽しかったけれど、厳しくしすぎて逃亡癖がついたメイを追いかけるのも、獲物を狩るような感覚も、捕まったメイの苦笑いを見るのも、好きだった。

始まる前は逃げ出す癖に、いざ"訓練"が始まれば絶対に投げだすことはなかった。

流れる血なんて気にも留めずに、何度も向かってきた。

倒れるまで相手をしたあと、メイを担いでドクターバースのところへ行くと、いつも僕が叱られた。


なんて無茶をするんだ。もう少し易しい訓練にはできないのか。女の子なのにこんなに傷だらけになって。

ひとしきり怒った後、ドクターバースはこう言った。

「いくら止めたってこの子は聞きもしない。訓練は辛いけど、早く強くなって皆に恩返しをすると言って。」

「でも、この訓練は厳しすぎると思わない!?だから毎回逃げるんだ。」

なんて愚痴を零しながらメイが言う。

「でも、絶対サレが見つけてくれるの。それがなんだか嬉しくて、逃げるのが癖になっちゃったの。」

本当にこの娘は、何を勘違いしているのだろう。

メイのために毎回探している訳じゃない。

メイで遊ぶのが楽しいから、玩具を連れ戻しているだけだというのに。



それでも、メイを見ているのは楽しかった。

今までいろんな人間を弄んで、命すら奪って、歪んだ快楽に身を沈めていたけれど

メイと接すると、まるで自分が真っ当な人間であるかのように、純粋に楽しかった。

前みたいに、人の苦痛や、流れる血や、殺戮に快楽を見出すのとは全く違った感覚。


こんな感情、吐き気がする程嫌いだったはずだったのに。


記憶がないせいか、ハーフに偏見を持たないメイにミリッツァも心を許し、

孫のように懐く素直なメイをワルトゥはとても可愛がっていたようだった。

あのトーマですら、メイを目の前にするといつもの毒舌に勢いがない。

四星と言われても皆そんなに仲が良いわけではないが、あれくらいの変化なら読み取れる。


メイという存在は、能力者として特殊だというだけでなく、城の中でも特別に見えた。


この城に居るフォルス能力者は、能力が発現して無理矢理連れてこられた者や能力のせいで故郷で迫害を受けていた者が多く、皆暗く淀んだ目をしていた。

僕と同じように、感情を無くした兵も多かったように見える。


その中でのメイの能天気な笑い声は、反発する者も居たが多くの兵士の心を照らした。

廊下で声を掛け合い、兵士と笑い転げるメイの姿もよく見かけた。

救われているのだ。

彼らも、メイに。


その上、城に来た途端に王女にまで気に入られる始末。

本人は全く気付いていなかったが、彼女が明らかに城の雰囲気を変えていったのだ。


森から拾ってきた女の子。

面白い拾いもの。暇つぶしの玩具。

ただそれだけだったのに。


それからすぐに、メイが四星の部下として、早速任務に就くことが決まった。


この城に来たからには、いつかはこの時が来るのはわかっていたのに。

さっさと走り回れるようになってしまったメイの身体回復の早さと、散々言われているフォルス制御能力の高さをもてはやす上層部によって、覚悟していたよりずっと早く、決定が下された。

こんな汚い仕事を、メイにさせたくはなかった。

こんな汚い仕事をしている僕を、メイに知られたくはなかった。


城の外へと逃げてゆくメイの背中を見て、何度このまま外へ逃がしてしまおうと思っただろう。



メイのために毎回探している訳じゃない。

メイで遊ぶのが楽しいから、玩具を連れ戻しているだけ、なんていうのも嘘だ。


僕は、メイに城に居てほしかったんだ。



いつもみたいに笑うメイに意地の悪い言葉を投げて、怒ったり青ざめたり、コロコロ移り変わるメイの顔を見ていられたら良かった。


もう素直に喜ぶことも悲しむことも忘れた自分の代わりに、メイにいろんな顔を見せてほしかった。


誰に言われたわけでもなく、弱みを握られているわけでも、約束しているわけでもないのに

君を護りたい、護らなくちゃと思うのは、多分そんな理由なのだろう。

自分でもよくわからないけれど。

吐き気がする程嫌いだったはずの感情が自分の中を満たすのを、止めることができなかった。


メイはどんどんこっちのペースを掻き乱して、無くした筈の感情を呼び起こす。

面白くないことに、初任務でメイとの関係が悪化したときには、そのせいでまるで普通の人間のように気分が落ち込んだり、思い悩んだりした。

不愉快で、邪魔で、大嫌いだった思考、感情が、どんどん自分の中に生まれる。

人間臭くて気持ちが悪かったけれど、もう否定することはできないと思った。


馬鹿みたい


なんて、余計なことを考えていたら、気が付いたらメイを助けに身を投げていた。


痛みなんて、感情と一緒に忘れていたと思ったのに。

衝撃とともに鈍く頭に響く痛みを受け、生温かい液体が流れているのを感じながら、メイの声を聞いていた。

メイを守れたなら、こんな感情も悪くないかもしれない。

次に目を覚ますことができたら、もっと人間らしく生きてみてもいいかもしれない、とぼんやり思った。



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