激励



スカートの裾を摘み、部屋の大鏡の前で何度もくるくる回ってみる。


「ねぇ、サレ…この服おかしくない?」

「……さっきから何度同じ質問をするんだい。」


しばらく一人で唸った後、スカートを摘んだままヒラヒラと揺らしながら、鏡越しにサレに尋ねる。

すると、サレは鏡越しに私を睨んだ後、退屈そうにソファーに身を沈めた。

確かに、何度目かわからないくらい同じ質問をしている。だけど…


「だって、似合っているか聞きたいのはもちろんだけど、このデザイン…」

「喧嘩を売っているのかな?」

サレが腕を組みながら片眉を吊り上げる。



納得いかないのは、服のデザインだった。

スカートは短めだが、それはいつも通りスパッツを履いているから問題ない。


問題はそこじゃない。



「だってこの服、サレの服と同じじゃん。」



スカートとサイハイブーツであること以外、サレの服のデザインと同じなのだ。

サレは首元に垂らしているスカーフを、私はせめてもの抵抗にリボン結びにしてみるが、それも意味を成さない程同じ。

色遣いといい、形といい。





今日は初任務当日。


ユージーン隊長からの説明は先日済ませたので、あと半刻もすれば任務開始だ。

私は一般兵よりも少し上、四星の下で働くことに決まった。

支給された装備品が全て着け終わり、鏡に写る自分をぼんやりと見つめながら、先日の会議のことを思い出す。




「メイのフォルス制御能力は申し分無い。思ったよりも足の回復も早く、逃走癖はあるものの、訓練で着々と実力をつけている。先日、メイが壊した闘技広場を改めて見る限り、お前は一般兵にしておくのは実に惜しい人材だ。」


ユージーン隊長は、会議室を見まわしながら声高に言い放つ。


「よって、メイは四星の下で、四星の部下として任務にあたってもらう。」


闘技広場を壊したときに「保留にしたい」と言っていた件は、きっとこのことだったのだろうとぼんやり思いながら、ざわざわと騒ぐ周りの声がどこか遠くに聞こえた。

ユージーン隊長の発表に、幸い反発する者は少なく、皆思ったより暖かい反応をしてくれる。


緊張のせいか目の前に白い靄がかかったような視界で、集められた兵達をゆっくりと見回してみる。


初めて城に来てすぐにアガーテ様に呼ばれた時、手を貸してくれた人

城の中で道に迷った時に親切に案内してくれた人

逃亡中に逃げ場所を提供してくれた人

また、逆に叱咤してくれた人

いつも声を掛けてくれた人


自分でも気付かないうちに、随分と見知った顔が多くなった。

ついこのあいだ森で拾われたと思っていたのに、月日が経つのは本当に早い。

王の盾の顔ぶれどころか、カレギアという世界の名前すら知らなかった時が懐かしい。


いつも通り無表情のミリッツァと、いつもより穏やかな表情を浮かべたワルトゥが寄ってきて、私に握手を求める。


「お前には期待している。メイはメイらしく…これからも。」

ミリッツァは、言葉数は相変わらず少なかったけれど、いつものミリッツァからは想像できないほど優しい言葉をくれた。

「メイがフォルス能力に長けているのも、それに重ねてたくさん努力していたのも、みんな知っていますからね。しかし、メイが訓練から逃げていたのもみんな知っています。これからは任務から逃走することのないように、共に頑張りましょう。」

ワルトゥは悪戯っぽく笑いながら、私の手を握る。


優しい言葉に感動しながら何度も頷くと、背後で荒い鼻息が吹き出されるのを感じて振り向く。

「やっと離れられると思ったんだがな。せいぜい足を引っ張るなよ」

顔を赤らめたトーマが、素っ気なく吐き捨てた後に顔を背ける。
少しだけ笑っているような気がしたのは、きっと気のせいではないと思う。

これがツンデレというものか。

嬉しくない。



サレは少し唇を吊り上げて笑いながら

「下僕になったんだから、思う存分使わせてもらうよ」

と、見当外れのエールをくださった。



…下僕じゃなくて、部下です。



ミリッツァとワルトゥは当然のように喜んでくれたけれど、サレやトーマまでもが激励の言葉をくれたのは意外だった。

いつも通り、皮肉の籠ったようなぶっきらぼうな言葉だったけれど、それでも喜んでくれていることはなんとなくだが伝わってくる。

城での生活を通して四星のみんなとも仲良くなれたような気がして、少し嬉しく思った。


「メイが僕の下僕になるっていうから、お祝いにその服をわざわざ作らせたっていうのに、もっと喜んだらどうなんだい?」

サレの一言で我に返ると同時に、ぼやけていた視界もはっきりしてきた。

鏡に写る自分の姿を凝視しながら、頭が一気に回転する。



わざわざ、作らせた…?



「サレが頼んだの!?」


驚きのあまり思わず振り向いてサレに駆け寄ると、サレは顔を反らして溜息を吐く。

下僕ではなく部下です、と訂正することも煩わしく、身を乗り出してサレをガクガクと揺らす。


だってまさか、普段私のことを苛めて楽しんでいるサレが、自分とお揃いの服を私に着せようだなんて、そんなことを考えるなんて…


「私のこといつも邪険に扱ってるくせに、なんだか意外…」

「へぇ、僕がメイを邪険に…そんな風に思ってたわけだ」

「…違うんれしゅか」

サレは片眉を吊り上げて口元を歪め、ぐにぐにと私のほっぺたを容赦なく摘みあげる。


「これでも結構メイには優しく接してるつもりだったんだけど?」

「人のほっぺたつねりながら言うセリフじゃないれひょ」

痛みと屈辱に耐えながら言い返すと、サレは頬を摘む手を乱暴に外す。

じわじわと痛む頬を自分で押さえる前に、サレの冷たい手が私の顔を包んだ。


サレの顔がだんだん近づいてきて、おでこがぶつかる。


顔が整っていることは知っていたけど、こうして見るとサレって意外と綺麗な目をしてるんだなぁ。

いつも人を蔑むような冷たい目をしているから気付かなかった…


なんて呑気なことを思った次の瞬間、羞恥心が一気に湧き上がってきた。



――顔が近いっ!!



おでこはガッツリくっついているし、両頬はサレの手に挟まれている。

綺麗な目どころか毛穴まで見えそうだ。

冷たかったサレの手が、私の頬の熱が伝わり温まっていく。




「ちょ、サレ?またそうやって人をからかって…」

「…そうだね。」

「え?」


いつものようにからかうサレの口調とは少し違う…楽しんだり見下したりする声色では無い呟きが、妙に引っかかった。


何?どうしたの、と問う前に、サレの顔が離れていく。

出窓に歩み寄り、外を眺めた後溜息を吐いたサレの表情も、なんだかいつもと違う気がする。


「ねぇ、サレ…」



「おい。任務開始の時間だぞ」


声を掛けずにはいられなくて、窓際に佇むサレに歩み寄りながら名前を呼ぶも、空気を読まない牛に遮られる。

ドアの方を振り向くと、ノックもせずに部屋に踏み入り、こちらを鼻息荒く睨みつけるトーマが立っていた。


一言文句を言ってやろうと口を開く前に、サレが私の横を通り過ぎてトーマの横に並ぶ。


「時間だってさ。遅れるといろいろ言われるからそろそろ行くよ」


厭味ったらしく顔を歪めてこちらを急かすサレは、いつも通りのサレに戻っていた。


サレに対する若干の違和感と、初任務に対する多大な緊張を抱えながら、ただ私は頷くしかなかった。



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