お茶会



「いいぞ、メイ。今日はそろそろ休憩にしよう」

「うん…!もう…走れません…」

ミリッツァに声を掛けられて、思わずそのまま芝生にへたりこむ。

ここ数日時間で思ったよりも早く歩けるようになり、もう走れるまでになった。


それもこれも、ミリッツァの訓練ととドクターバースの指導のおかげだ。
という訳で、最近ではこうしてミリッツァに見てもらいながら、城の中庭で体力づくりも兼ねて走っているのだ。


「…休憩ついでにお茶にするか」

ミリッツァが、中庭に設置された白いテーブルと椅子を指差し、こちらを手招く。

「わぁい!お茶お茶!」

乱れた呼吸をもろともせず立ち上がり、ミリッツァの方へ駆け寄る。

ミリッツァは、両手を上げて手放しで喜ぶ私を見て少しだけ微笑むと、メイドさんにお茶を頼んでいた。


最初こそ口数少ないミリッツァとのこの時間は、互いに気を使って過ごす、ぎこちないものだったが、最近では少しずつ会話が増えてきた。
こうして休憩の合間に一緒にお茶をいただいたりすることもある。


メイドさんは、ついさっきお茶を頼まれたばかりだったのに、もう準備を済ませてテーブルの上にティーセットを置く。

「あ、ありがとうございます。あっというまにお茶の準備できちゃうんですね。魔法みたいです」

仕事の速さに感動して思わずメイドさんに話しかけると、メイドさんはにっこり微笑んで頭を下げると、そのまま城内へと下がる。

「お前は賑やかな奴だな。一緒にいて飽きない。」

ミリッツァが紅茶を一口飲みながら呟く。
基本的に無表情なので感情が読み取りにくい。

「褒めてくれて、る?」

私が紅茶に二つ目の角砂糖を落とすのを見つめながら、ミリッツァは微かに頷く。

「こう言っては失礼だが、メイは記憶を持たないぶん…話しやすい」

「うっぇブホッ」


驚いて思わず紅茶を噴き出す。

ミリッツァがそう思ってくれていたなんて。

咳込む私にミリッツァは慌てることなく手拭きを差し出してくれる。

「ごめんなさ…いや、そんな事を思ってくれたなんて、ちょっとびっくりして」

零した紅茶を拭き取る動作も、なんだか照れてぎこちなくなってしまう。

そんな私の様子を見て、ミリッツァは少しだけ表情を柔らかくする。

「本当に…面白いな。」

「なんか、それサレにもよく言われるよ。面白いって。」

「…厄介な奴に気に入られたものだな」

わざとらしく溜息を吐きながら言うと、ミリッツァも顔をしかめる。

…四人揃って四星と呼ばれているにも関わらず、割と四人は仲が良くないことに最近気づいた。

「ところで、サレに教えてもらっている歴史や常識はどうだ?」

ミリッツァが微かに首を傾げ尋ねるのを、私は遠い目をして視線を逸らす。

「…サレはとうとう教えることに飽きたらしく、最近はワルトゥにお世話になってるよ。」

そう。サレに先日『こんな小難しい話飽きちゃったよ。別な奴に教わりな』等と言われて、ワルトゥの元へと連れて行かれたのだ。

ミリッツァは呆れたように目を細め、溜息を吐く。

「最初からあいつに指導させようというのが無理だというんだ…ワルトゥのほうが安心だろう」

「まぁ、ワルトゥのほうがちゃんと教えてくれるしね」

サレやトーマとは違い紳士的で、知識も豊富で優しい人だった。
故に、一人でせっせと本を読んではサレに苛め倒されていた時とは桁違いに、勉学がはかどっていた。


「メイは学びたいという意欲が感じられますからね。教えがいがありますよ。」


「ワルトゥか…」

背後から聞こえた美声に、紅茶を置いてミリッツァが呟く。

ミリッツァの視線の先を追うように、私も後ろを振り向いた。

すると、コウモリに似た外見を持つガジュマが、私の背後に立っていた。

肌は青く、立派な髭を生やしている。首元にはベージュのスカーフを巻き、白い手袋をはめて、サレの青に近い紫とは違う、光沢のある赤紫のスーツを着こなし、杖を携えている。
この容姿からも、ワルトゥの紳士的で真面目な人柄が滲み出ていると言えよう。

しかし、皺の寄せられた眉と切れ長で鋭い漆黒の目から、最初は怖い人だと誤解して怯えていた。


「ワルトゥも休憩なの?」

「ええ。仕事が一段落して廊下を歩いていましたら、二人の話声が聞こえてきたので、メイを褒めにきたというわけですよ」

「いえいえ。ワルトゥの教え方が上手だからだよ。サレの時よりも勉強が楽しいよ」

一言断ってから隣の席に着くワルトゥに微笑みかけると、ワルトゥも目を細めて笑いかけてくれる。

…四星の中で素直に私に笑いかけてくれるのは、ワルトゥだけかもしれない。


「いえ、メイは覚えも早くて優秀です。特に『聖なる戦い』については私が教える前に随分と詳しく知っていたではないですか」

ワルトゥが遠慮なく私を褒めるので、なんだか照れくさくなってニヤニヤしながら俯く。

「なんだか聖獣に興味があって…部屋の本を読んでただけだよ…」


普段、自分の部屋にいる時は、部屋の隅に置いてある本のぎっしり詰まった本棚から、暇つぶしに適当な本を読んで過ごしている。

その中でも聖獣についての本は何故か私の興味をひき、読めばすんなりと頭に入ってきた。


「興味を持つということはとても大切な事ですからね」

尚も私を褒め続けるワルトゥの言葉がくすぐったくて、ワルトゥの手を握ってゆさゆさと左右に揺する。
そんな私の様子を見てワルトゥは「おや、どうしたのですか?」と少し悪戯っぽく笑った。

「それにしても四星の全員がこうしていろんな形で指導するなんて、フォルス能力者が発見される度に四星は大変なんだね」


普段から四星の四人にはかなりお世話になっているだけに、気になっていたことだった。

しかし、私の言葉に、ミリッツァとワルトゥが顔を見合わせる。


「城に来たばかりの時に行われた会議でも話題になったが、メイ。お前は非常に珍しいケースなんだ」

「ヒューマで若い女性だから?」

私が首を傾げると、ミリッツァは小さく首を振る。


ワルトゥが考えるように少し唸った後、私の顔をじっと見つめた。

「もちろんそれもありますが……メイは目が覚めた時に森に居たと言いましたね?」

「うん。森の中に、会議に出席した時の白いワンピース姿で倒れてた」

「記憶が無いことにはすぐに気付いたのですか?」


改めて、あの森で倒れていた時の記憶を呼び起こす。

目覚めた瞬間すぐに気付いた、違和感。

自分か誰だか分らない、どうしようもない虚無感。


「そうだね。割と目覚めてすぐに…。」

「そしてその後バイラスに遭遇したと?」

「うん。立ち上がれなくて混乱しているところに鳥…フローズドクロウが飛んできて」

「…襲われそうになったところでフォルス能力が発動したのですね?」

「あれ以来あの光は出ていないから、光がフォルス能力であるかはわからないけど…そうなんだと思う」

ワルトゥから矢継ぎ早に浴びせられる質問を訝しく思いつつも、なんとか記憶を辿りながら次々と答える。
しかし、そんな私の返答に、ワルトゥもミリッツァも難しそうな顔をして考え事を始めた。

「…混乱に混乱が乗じ、その時のメイの精神状態は安定していたはずが無い」

「……うん?」


突然話し出したミリッツァに驚いて、疑問混じりの声色で肯定を示した。
少なくとも、いきなり目が覚めたら森の中で、記憶もなくて、見たこともないような鳥に遭遇した状態で安らいでいられるわけがない。

「フォルス能力制御の訓練にはまだ入っていないが、予備知識としてフォルスについては知っているな?」

「うん。会議でユージーン隊長に説明されたところと、本で読んだ程度には」

「…精神状態が安定しない状態でフォルス覚醒、または使用すればどうなる?」

ミリッツァまで、次々と質問を投げかけてきて、少し混乱しながら本で読んだ知識を引っ張り出す。


「…フォルスが、暴走する?」


「そうです。フォルス暴走によってもたらされる被害はもちろん能力によって異なりますが、周辺の環境や自分自身に被害が無い等、普通はありえない」

「その後バイラスの攻撃に驚いて光が消えてしまったという話からまだ不安定ではあれど、素人で、しかも精神状態が不安定なのにフォルスを暴走させることなく使いこなすことができたというのは非常に珍しいんだ」


頭の中で二人の説明がぐるぐる回り、混乱しながらもガクガク頷いた。

その後、放心したように溜息を吐く。

魂までも抜けて行ってしまいそうだった。


「そんなに珍しい珍しいって私は絶滅危惧種ですか…」

「絶滅どころか存在自体あまり無いな」

少しでも混乱を緩和しようと冗談めかして呟くのも見逃さずにミリッツァに突っ込まれる。

「悪いことではないんだ。むしろ軍の皆がお前に期待している。」

「期待なんかされても困る…自分に期待するだけの価値があるとは思えないし、そもそも何に対しての期待?」


王の盾が正規の軍隊とは別の、フォルス能力者で構成された国王直属の特殊部隊だということは知っているが、具体的に何をするのかもまだわからないし、戦闘だってできるか危うい。

私が困ったように顔を顰めているのを見て、ミリッツァが慌てて私を宥める。

「すまない。一気に説明しすぎたな。…大丈夫だ。メイはもしかすると他人より少しフォルスを扱う能力に長けているのではないか、という話題になっただけだ。」

私は、わかったようなわからないような生返事をしながら、ぬるくなってしまった紅茶を少し口に含む。

少しであるにしろ、周囲の期待が圧し掛かり、背中がずっしり重く感じた。

これではせっかくのお茶の時間が休憩にならない。

「そんなこと言われても、あれ以来フォルスを使ったこともないのに長けているもなにも…」

「メイがそこまで不安に思うのなら、使ってみたら良いではないですか」

「え…?」


ワルトゥの思わぬ一言に、口に含んだ紅茶を噴き出しそうになり、激しく咳込む。

そのまま涙目でワルトゥに視線を向けると、ワルトゥはとっても良い笑顔でこう言った。



「というわけで、明日からフォルス能力制御訓練も始めて行くことに致しましょう。」



あまりにも急な提案に思わず「明日から!?」と悲鳴をあげながら、ティーカップをテーブルの上にガシャリと落としてしまった。


―――――――――――――――
どんどんヒロインが珍しい人に。



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