城の中

その後、会議を行うため小部屋に通される。

小部屋といっても、それなりに広く、あちこちに綺麗な装飾が施されている。

部屋の中には緊迫した空気が流れていて、思わず体を縮め、高そうなテーブルクロスを握りしめた。

いくら体を縮めたところで、今日の議題は自分に関することなのだから、当然部屋の中の皆の視線が突き刺さる。

鎧を着込んだ人もいれば、至って軽装の人も居る。ほとんど私服であろうと思われる人もほんの少しだけ居た。


会議が始まると、中央の席に座っていた黒豹に似たガジュマの男の人立ち上がり、私に向き直る。

見た目が少し怖そうで、思わず身構えてしまうが、そんな私の様子を見て、男の人はこちらに柔らかく微笑みかける。

「そう硬くなるな。私は王の盾の隊長を務めている、ユージーン・ガラルドという。今日の会議はお前に関してのものだが、なにも取って食おうというわけではない。安心していい」

見た目は少し怖そうだったが、黄色の瞳は穏やかに細められ、口調も仕草もとても物腰柔らかな人だと思った。

「よ、よろしくお願いします…」

少々戸惑いながらも頭を下げると、ユージーンは小さく頷いたあと、部屋を見渡し、それから手元の書類を見ながら、サレに質問を始める。時折私自身への質問も交えながら、しきりに何かをメモしているようだった。

「状況はわかった。…今回のケースは非常に珍しい。」

ユージーンが呟くと、部屋にいる大半の人が頷いたり、唸り声をあげて同調を示した。


「…どう珍しいんですか?」

私が小さく手を上げて尋ねると、ユージーンは少し考えたあと、手元の資料をめくりながら、傍にいた兵士に小声で何かを指示する。

「そうだな。状況を整理するついでにお前に説明する必要があるかもしれん。わからない言葉ばかりで、これからの生活にも支障があるだろう。細かいことはあとから学ぶとして、簡単なものだけ掻い摘んで説明するとしよう」


先程指示を受けた兵士が、紙の束や本を持って戻ってきた。

ユージーンは兵士に小さく礼を述べると、資料をパラパラとめくりながら、頭が破裂するのではないかというほど、たくさんの説明を始めた。


まず、あの鳥…バイラスに襲われた時に私の周りを囲った光は、フォルスという特殊な能力によるものだという。

フォルス能力が発現した者によって大きく異なり、基本的には先天的にフォルス能力に敏感であるガジュマにしか発現しないが、ごく稀にヒューマにも発現するものらしい。


しかも、フォルス能力を発現する者自体が少なく、カレギア全土でもフォルス能力者はせいぜい100人程度であり、内、9割以上がガジュマであるらしい。



話を聞いても、自分がそんなに珍しい存在であるという実感が湧いてこなくて、頭が混乱する。


フォルス能力者が発見されること自体がこく稀であるが、万が一発見された場合、通常はユージーンが隊長を務めている「王の盾」という、正規の軍隊とは別の、フォルス能力者で構成された国王直属の特殊部隊に配属されるらしい。

ここの会議室に集まっているのは全員フォルス能力者、つまり「王の盾」に属している人達であり、フォルスを持つ者にしかわからないことがたくさんある上に、フォルス所持者と非所持者の間で意見が割れると厄介だという理由から、フォルスを持たない正規軍の人間はこの場合呼ばないことになっているらしい。

…簡単にいえば、両軍は仲がよろしくないらしい。

「すまないな、これでも掻い摘んで説明しているつもりなのだが…どうしても話を進めるのに説明の量が多くなってしまって…わからないことは今無理に理解しようとすることはない。あとでゆっくりと知れば良いことだ。」

「いえ、とんでもないです。…正直、今は自分が誰なのかもわからない状態なので、今説明していただいたこをすべて理解するのは難しいですけど…私のために皆さんにこうしてお集まりいただいただけでもありがたいです」

ユージーンが申し訳なさそうに私に頭を下げるので、私も慌てて頭を下げる。

こんなに丁寧に説明してもらって頭まで下げてもらうなんて申し訳なさすぎる。


ユージーンの話をすぐに飲み込めない自分を、

――記憶を持たない自分を、少しだけ呪った。


私の場合は、世界中で10人居るか居ないかというヒューマのフォルス能力者である上に、若い女性の能力者は非常に珍しく、しかも記憶喪失で森の中に倒れていたというのだから、会議はかなり錯綜した。


稀なケースに稀なケースが重なった上に事態が特殊らしく、私はしばらくこのバルカ城で常識や世界情勢について学ぶこと、フォルスを使いこなせるよう訓練を受けることが決まった。


拾ってもらった義理で、サレとトーマの指導の下で、という話だった。



「本当に君はどこまで面倒くさいんだい?」

会議が終わり、相変わらずトーマに背負ってもらっている私に向って、サレがうんざりしたように溜息混じりで言う。

「俺はこいつの教育係なんてやらんからな!」

「それは職務放棄になりますってさっきあの偉い人が言ってたよ」

「黙れヒューマの小娘ごときが!」

トーマがあくまでも嫌がるので背中でボソリと呟くと、案の定怒鳴られてしまう。

「ミリッツァとワルトゥにも任せればいいんじゃない?あの二人だって四星なんだし。特にワルトゥなんていかにも面倒見が良さそうじゃないか」

サレが溜息混じりにトーマに言うと、トーマは返事の代わりに荒く鼻息を吐き出す。

「しせい?」

「さっき説明された王の盾の中でも特に秀でた戦闘能力を持つ、4人のフォルス能力者のことをそう呼んでるんだよ。」

「へぇ…すごいんだねぇ、その4人。さっきの会議にもいたの?」


私の質問に、サレは今までにない程馬鹿にしたような目で私を見つめた後、深く深く溜息をついた。


「…全員居ただろ?ミリッツァ、ワルトゥ、それにトーマと僕」

「…ん?ミリッツァさんと、ワルトゥさんと、」
「トーマと僕」

少々混乱気味に復唱する私に被せて、サレが言う。
明らかな蔑みと呆れがふんだんにあしらわれた声色で。


「やっぱり二人とも偉い人だったんだ!」

驚いて思わず廊下で大声をあげる。
すれ違った兵士が訝しげにこちらをチラリと見たので、慌てて口を噤んだ。


偉いという言葉に気を良くしたのか、トーマは誇らしげに胸を張る。


「とりあえずこれから君に与えられた部屋に案内するから、今日はそこでゆっくり…おや、君はゆっくりできないんだったねぇ」

「…そうだね。アガーテ様に呼ばれてました」

わざとらしく口元に手を添えて肩を竦める仕種が本当に憎たらしい。

やっぱりサレはいじわるだ。

会議の緊張で忘れかけていたが、また不安で心臓が冷えて行く。

決してアガーテ様に会いたくないわけではない。
しかし、先程城に来たばかりの自分が王女様の私室に呼ばれるなど、不安が大きすぎる。
ましてや、自分は記憶喪失なのだ。この世界での常識が欠如しているかもしれない。
もしも王女に失礼なことがあれば、首を刎ねられてしまうなんてことになったら…。

心配が余計なところにまで及び、思わずトーマの服をぎゅっと握りしめる。


「ねぇトーマ、アガーテ様ってどんな人?」

「ガジュマの女だ」

「……うん。そうみたいだね」

サレは、私が不安で顔を青くしている様子を見て非常に楽しんでいるようなので、とても充てにはできないと悟りトーマに尋ねてみるも、まともな返事が返ってこない。
アガーテ様がガジュマの女性であることくらい、先程廊下でお会いした時に十分読み取れる情報である。



そうこうしているうちに、私の生活の拠点となるらしい部屋の前についた。

全体的に石造りの部屋だったが、暖炉には炎も灯っているおかげか寒くはない。
凝った装飾が為された窓、それに掛かる紫色のカーテン。
ふかふかのソファーと、小さいけれど高級感漂うテーブル。
分厚いカーペットに、綺麗にメイクされたベッド。

「こんなに綺麗な部屋、使わせてもらっていいんでしょうか…?」

トーマの背中からベッドに降ろしてもらいながら、思わず敬語でサレに尋ねる。


「使えっていうんだから使っていいんじゃない?それとも廊下で寝たいのかい?」

「いくらなんでも廊下は…」

分厚い絨毯が敷いてあるとはいえ、廊下で寝泊まりは勘弁願いたい。


「どうしてもって言うなら僕の部屋でもいいけど?ベッドは1つしかないけどね」

「…この部屋をありがたく使わせていただきます」

サレが妖しく笑みを浮かべながら言うので、即座に否定させてもらう。
一体何を言い出すんだこの人は。

「まぁ、明日にでも他の四星の奴等のところにも連れてってあげるからさ、今日はとりあえずこれ全部読んでおいて。」

サレは、部屋の棚から数十冊ほど本を取り出すと、テーブルの上にどっさりと載せた。
どれもかなり古びていて、背表紙に刻まれている「カレギアの歴史」「フォルス能力について」等の文字を見る限り、今の私に必要であろう知識が一冊一冊にたっぷりと詰まっているのであろう。
そのため、当然すべての本が相当な厚さになっている。

「今から私、アガーテ様のお部屋に行くんだけど…」

「だから?」

「今日中にこれ全部はちょっと読めるかどうか…」

本の厚さを目で確かめつつ、精一杯辛そうな顔を作ってサレを見上げる。
読めるかどうか、等と言葉を濁したものの、どう考えても不可能だと思う。

それでもサレは笑みを崩すことなく

「明日までに全部読めなかったら、お仕置きだからね」

と言い放った。


…本当にサレはいじわるだ。



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