とある世界の「オレ」と「僕」、またはいつものオレと僕
●パティシエ×喫茶ウェイター

パティシエである半田の試作品を一番最初に食べてもらう相手はいつも決まっている。隣の喫茶店でウェイターとして働いている都築という青年だ。彼が自分のケーキを買いに来た時に「あなたの作るケーキ、とても美味しくて好きなんです」と見せてくれた笑顔に惹かれ、もし良かったら食べてみてくださいと試作品を渡したのが始まりだった。それからちょくちょく試作品を渡しては感想をもらうというやり取りをしていたのだが、今ではその都築の計らいで、ありがたいことに喫茶店でクッキーやマカロンを置いてもらっている。また、マスターの好意で閉店した喫茶店で試食回を開かせてもらえることになっていた。そして今日はその試食回の日。マスターのコーヒーと紅茶に合うようにと作った、試作品。あの時の笑顔で美味しいと言ってくれるといいなと期待しながら、半田は喫茶店の扉を開けた。


●読者モデル×BL漫画家

僕は漫画家だ。それも男同士の恋愛を描く……いわゆるBL漫画家、というやつだ。特にそういうものが好きだったわけではない。ただ、僕の絵柄に合うだろうから、と進められて描き始めただけだった。けれど今ではそれなりに楽しく描けているし、そこそこファンも付いてくれている。悪くない評価も貰えている。特に『男性である片思いの相手への、恋心に苦しむ表現が上手い』と言われることが多い僕の作品。その理由を、僕はしっかり理解していた。
とても簡単な事だ。読者モデルとして人気の彼、半田真一さん。その人に、僕が、叶わない恋をしているからだ。
僕の作品の登場人物のように、手の届かない憧れの人へ抱いている思い。僕が感じているそれを、そのまま作品に落とし込むだけでいい。初めてこの気持ちに気付いたときにはどうしようかと思ったけれど。僕の作品の中でリサイクルできるのなら、捨てるしかなかったそれも救われるだろう。
手に取っていた彼の載る雑誌を閉じて、僕は机に向かった。また今日も、僕は募った恋心を描いていく。


●大学生×不眠症患者

「ただいまー……」
午前一時過ぎ、ようやくサークルの親睦会という名の飲み会がお開きになり家に帰って来た半田は、出来る限り声のボリュームを抑えて帰宅の挨拶をした。
「おかえりなさい」
その挨拶に、半田と変わらない声量で返事が帰ってきたのを聞くと、半田は急いで靴を脱ぐとリビングへ駆け込んだ。
「……寝れなかったのか?」
「……」
そこにいたのはルームシェアをしている、後輩である都築。彼は目を伏せソファに腰掛けたまま黙っていたが、半田からの眠くないか?と問いかけに、小さくつぶやいた。
「眠くはあるんですけど、眠れなくて、」
ごめんなさい、と消えそうな声で謝罪した都築に、半田は大丈夫、と頭をわしゃわしゃと撫でた。
「気にすんなよ。明日は休みだし、都築が眠れるまでずっと手を繋いでてやるからさ」
半田がそう言って笑えば、都築も力を抜くように、ほっ、と息を吐いた。
部屋に移動してベッドに入って手を繋いで、ようやくウトウトとし始めた都築を刺激しないように。半田は先程よりも優しく頭を撫でた。こんな状況が続けば良いとは思っていない。けれどこうやって自分の手をとることで安心して眠ってくれる。それをひどく嬉しく思ってしまう自分がいる。そのことに気づきながら、その思考を振り払うように半田は軽く頭を振った。今はようやく眠りにつけた可愛い後輩が、いい夢を見れるようにと願うだけでいい。


●高校教師×吸血鬼

仕事終わり、指定駐車場に停めた車に乗り込もうとして、それに気がついた。近くの茂みに隠れるようにいる、己の生徒くらいの人。ぐったりと身体を丸めて具合が悪そうだ。そう認識した半田は、急いでその少年の元へと駆け寄った。
「どうした!?大丈夫、か……?!」
彼の言葉が途中で詰まってしまったのは、生徒だと思って声をかけたその少年の瞳がおおよそ人間の物とは思えない程恐ろしい赤色、だったからだ。その声に反応したその少年は彷徨わせていた瞳を彼に向け、ぱちぱちと何度か瞬きをすると半田の姿をその真っ赤な目に映した。そして小さく息を吸って、
「……おなか、すいた」
その一言だけを吐き出すとまたくたりと倒れ込んだ。半田は慌てて少年を支えるが気を失ったようで印象的な目は閉じられていた。
関わらないほうがいい。半田の直感はそう告げていたが、行き倒れているらしい、それも自分の教え子達と変わらぬ歳の少年をどうして見捨てられようか。厄介なことになる予感をひしひしと感じながらも、いったん家に連れ帰るべく彼を抱き上げた。


●マフィア×コンビニ店員

脱税、恐喝、詐欺、人身売買、果ては殺人。
末端とはいえ、半田もマフィアの一員。先にあげたような非常識的な仕事を請け負うのは日常茶飯事だ。ただ、彼の普段は一般人として何食わぬ顔で社会に溶け込み情報を抜くことが仕事であり、有事の際だけそれらに関わることになっている。だから彼は今日も特徴の無いただの一般人に成りすましてターゲットへ近づき、指定された情報を抜いてきたのだった。
「いらっしゃいませ……あ!また来てくれたんですね」
無事に仕事を完了させたご褒美にデザートでも買おうかとコンビニへ入ったとたん、そこの店員が半田に気付きふわりと笑った。
「一仕事終わったから、ご褒美にデザートでも買おうかなーって」
「そうだったんですね、お疲れ様です。無理はしないでくださいね」
「簡単な仕事だったから大丈夫だよ、ありがとう」
少し前に、あまりにもハードな仕事を終えて立ち寄ったコンビニで、顔色の悪さを心配して声をかけられていた。それこそがこのコンビニであり、さきほど話しかけてきた店員だった。それがきっかけで、その店員は半田を見かける度に、こうやって話しかけてくれるようになったのだ。
半田のことを何も知らない、きっとただの会社員だと思っているでだろう店員との世間話。一般の人がするであろう他愛もない会話。
半田はこの時間が、好きだった。


●半静

「都築が雷門に来てから、もう三ヶ月経つんだなぁ」
部活の終わった部室。本日の後片付け担当であった半田と都築は皆から遅れて二人で制服へ着替えていた。その最中、ふと半田が口にしたのは都築の話題だった。フットボールフロンティアの地区予選で戦ってからすぐ、雷門への転校を打診され、それを受け入れた。それから伝えるのが大変なほどいろいろな事が起こり、気付いたらもうじき三ヶ月が過ぎようとしていた。
「正確には二ヶ月と二十八日、なので三ヶ月は経ってないですけど」
都築の訂正に、そうだっけ?と首を傾げた半田は、しかしそのまま話を続けることにしたようだ。都築も特に気にせず話を聞くことにした。
「三ヶ月かぁ……そうだよなぁ。都築、パスがしっかり通るようになったもんな」
「そう、ですね。ようやく、ですけど」
「でさ、まぁそういうのももろもろ含めて、せっかくだからお祝いでもしようかと思ってるんだけど。オレと都築で。ささやかな事しかできないけど」
「……」
どうだ?と都築の様子を伺うも、当人は下を向き口をキュッと結び黙りこくってしまっていた。しかし半田は、それが照れ隠しであると知っている。そう意識してみれば、ほんのりと顔も赤く染まっている、ように見えた。
「照れるたびに黙る癖は治らないな、都築」
「……癖、ですから」
少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませた都築の頭をごめんごめん、と謝りながらもぐりぐりと撫でる。しばらくされるがままになっていた都築がぽそりと溢した
「……お祝い、楽しみにしてます」の言葉に、半田は満面の笑みで応えた。




………………………………………
半静の日までのカウントダウンと半静の日記念日文。
ついったで書いていたものを持ってきました。
半静ちゃんおめでとう!

Thx
https://t.co/ljgiN0izhX

2019.06.08〜2019.06.13 執筆
2019.06.14 誤字脱字修正、掲載


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