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#1 理想と現実

数キロ先の建物の中を愛銃の一つである大型狙撃銃バレットM95のスコープ越しで確認してみれば、今日の標的となっている男が暢気に口元を緩ませていた。
誰かと談笑でもしているのだろうか、陽気に男が笑う度、右手に持ったグラスの中のシャンパンが小刻みに揺れている。
そんな無防備な姿を晒している男だ。正に今、自分の眉間に銃口が向けられているなど夢にも思わないだろう。
私が少しでも引き金に添えた指に力を加えれば、視界に映る男の命を絶つことが出来る。
そう、自分の心が認識した瞬間、

「つ…」

ズキンと頭が酷く痛んで、小さく呻き声を上げた。

「、また…」

まるで、人を殺すことに身体が拒絶反応を起こしているかのようだ。
悲鳴を上げる自分の頭を押さえながら立ち上がり、その場で二、三度深呼吸するだけでこの痛みが遠ざかっていくのが分かる。
けれど、

「はぁ…」

再度、銃口を標的の男に向けようとする気はもう起きなかった。



*****


「バラライカを一つ」
「かしこまりました」

入店早々、バーテンダーへ注文を行い、カウンターに腰を落ち着けたエンヴィー。
人を狙撃出来なかった時は、いつものバーのいつものカウンター席で一人お酒を呑むのが、自分の決まり事なのだが、それがいつの間にか板に着いてきてしまった。
程なくして一杯のカクテルグラスが差し出されたそれは、何の飾りもない逆三角形の器に乳白色のカクテルが満たされているという簡素なお酒だが、ミルキークォーツのような優しい色合いが見てるこちらの心を癒してくれるようだった。

「美味しい…」

口当たりが良いウォッカと爽やかなレモンの味が口いっぱいに広がっていくのを堪能しながら、振り返るのは先程の出来事。
あの頭が割れるような痛みは、あの時だけ襲われた症状ではない。
私が抱える悩みの種の一つで、人に銃口を向けて引き金を引く時だけに現れては、仕事が上手くいかなくなるのだ。
お陰でこれまで殺した人の数はゼロ。

「仮にもヒットマンの筈なのに情けないわ」

カクテルグラスを揺らしながら、エンヴィーは誰ともなく呟いた。
けれど、その一言に律儀に答えた人物がいた。

「あら、貴方の本業は情報屋じゃなくて?」
「クリーム」

黒の瞳に黒髪のボブカット。左頬にピエロのような涙のタトゥーが特徴的な女性──クリームだった。
彼女はいつもと同じ露出度の高い格好を身に纏い、当然のように空いていたエンヴィーの隣の席に座る。

「私の本業はあくまでヒットマンなの」
「そうでしたの。それは失礼しましたわ」
「どう?最近」
「まあまあですわ」
「そう。それは何よりね」

当たり障りのない会話を交えた後は、お互い頼んだお酒を無言で呷り続けた。
彼女とは同じ組織の人間ということで、顔を合わせれば無難な挨拶をするような間柄だが、友人と言えるほど親しい関係でもなかった。
だから今日も、私の顔を見に来たというよりも他に理由があるから此処へ訪れたのだろう。
今いるこのバーは私がよく通う店でもあるのだから。

「一つ、頼みがあるのですけど」
「…少し移動しましょ、クリーム。ここは場所が悪いわ」
「あら、何か見えましたの?」
「ええ。ギャング映画一本分を見終わった気分よ」





数時間後、クリームと共に訪れた先のレストラン兼バーに設置されたテレビで私の憩いの場であった先程のバーが、ある犯罪組織の抗争によってお空の彼方に消えてしまったことが放送された。

「本当に貴方のNEXT能力は便利ですわね」
「ただ未来が見えるってだけよ。それに、あまりに先の出来事だと不安定過ぎて用を成さないし」
「けれど先程のように、自分の身が危うくなる未来は自動検知してくれるのでしょう?」
「何の前触れもなしに、無理矢理スプラッタ映像を見せられても嬉しくないわ」

そう、私のNEXT能力は5分後の先の未来を正確に見ることができる能力だ。
けれど未来とは不確定要素に溢れ、色々な可能性が秘められている為、あまりに先を見すぎると外れてしまったり、断片的なものしか見られなかったりする。
そんな能力も一つだけ例外があり、それは私自身に危険が降りかかる時、自動的にNEXT能力が発動してしまうのだ。
普通の人間ならば身の危険など高が知れているだろうが、シュテルンビルド最下層にあたるこのブロンズステージでは話が別だ。

「治安が悪すぎて身の危険がありすぎる」
「まあ、私達が組織に加入しているという事も一つの要因かもしれませんわね」

シュテルンビルドで暗躍しながらも、その全容は全く分からないという謎に秘めた犯罪組織──ウロボロス。
その思想は、より優れたNEXT能力者が能力を持たない人間を支配すべきだ、という考えの元に構成されている。

「私はそこの下っ端組員の筈なんだけどね」
「ご謙遜を。貴方の観察力、洞察力、情報収集能力は組織の中でも重宝されている素晴らしいものですわ」

そう、だからこそ私の元へは面倒な依頼が舞い込んでくるわけだ。
昔からよく他人を観察している自覚はあったが、まさかこの癖で食べて行ける様になろうとは。
クリームも、これが本題で私に会いに来たのだろう。

「そんな貴方にだからこそ、調べて欲しいことがありますの」

私の仕事は、二割が全く実現されない暗殺依頼。残り八割は──貴重な情報の売買。

「私の情報は高いわよ?」

エンヴィーは口元に意地の悪い笑みを浮かべてクリームの言葉の先を促した。

さあ、私の仕事を始めましょうか。


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