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愚か者が始めた茶番劇なんぞ斬り捨ててしまえばいい



この作品は、もしも春夜が悪役令嬢に転生したらというIF話で作成してます。
転生話が嫌い、苦手だという方は回れ右でお願いします。

※名前変換なし





それは、私が瞬きをして直ぐ後の事だった。
唐突に何もかもを理解した。
私が誰で、今がどういう状況なのか、という事を。

「ああ、そういう事か…」

ぽつりと呟かれた言葉は誰の耳にも届いていない。
周囲の人間は、この茶番劇がどのような終わりを迎えるのかに興味を置いて高みの見物を決め込んでおり、悪役という名のこの私の一挙手一投足など少しも視界に入っていなかったのだから。
私は小さく溜息を溢し、目の前で私を下賤だ、と罵るこの国の歴とした馬鹿王子、基──ニコラウス第一王子へ向き直った。

「ニコラウス王子は、先程から口汚い言葉で私を批難しておりますが、何の根拠があってそのような事を」
「惚けるな!!お前が影でステファニーに嫌がらせをしていた事は分かっているのだ!!」
「それで、その根拠は?」
「本人のステファニーから聞いたに決まっておる!!その証拠に、見よ!このズタズタにされたステファニーのドレスを!!」

そう言って側に控えていた側近から何やらボロ雑巾のような物を受け取ったニコラウス王子は、私へと突き付けてきた。
どうやらそれが王子が言うズタズタにされたドレスなのだろう。そうしてドヤ顔でこちらを睨め付けてくるこの王子は『根拠』という言葉の意味が全く分かっていない様子だ。お返しに鳩尾を蹴り飛ばしてから、彼の眼球へ『根拠』という意味が書かれた辞書のページを押し付けてやりたくなった。

「どうやらニコラウス王子は『根拠』という言葉の意味をよく分かっておられないご様子ですね。それでは社交の場に出た際に、他国の人間から足元を見られてしまいますよ」
「な、何を!?」

怒りで身を震わせる王子の手からボロボロのドレスが落ちた。
それを見下ろしながら、私は『根拠』という言葉の真の意味を懇切丁寧に教えてやる事にする。

「『根拠』という意味は自分が主張する言葉が正しいと示す事を申します。このドレスをこの場に持ち出してきたとしても、それで分かるのは男爵令嬢、ステファニーの持ち物が不自然に細切れにされてしまったという事だけです。私がやったと主張するのに是となる物ではございません」
「だが、ステファニーが『犯人はお前しかいない』と」
「ステファニー “ だけ ” が仰っていた、と?」
「…っ、いや、他の者からもクラウディアならやりかねないと聞いている」

クラウディアとは今世の私の名前だ。前世の和名とはかけ離れた名前に、今となっては違和感しかない。

「そのような曖昧な表現で、さも大勢の者から私がやったという証言が得られたとお思いになられたのですか?」

やりかねないというだけで、やった所を見たわけではない。そんな事も理解出来ずに私を糾弾したのか。
即刻コイツの頭をはねてしまいたい。“ 一葉天下 ” が手元に無いことがこんなにも口惜しくなる時がくるとは。
私はこの頭のイカれた王子を物理的に自分の手で断罪したくなった。
だが、この世界では暴力などの荒事は目下、衛兵や騎士達の仕事だ。この国の階級社会で一番上に存在する公爵の娘として淑女の全てを叩き込まれた私が、そのような真似をこの場ですれば、即、縛り首となってしまう。
例え、このステファニー関連のあらましが無罪放免であったとしても、やれ金の力だ、父の縁故の力だと揶揄され、最終的にはステファニーを苛めていたのは私だったという脚色に塗り替えられるに決まっている。
なんて生きにくい世界に転生したものか。今までが切った張ったの世界で生きてきた私としては、この上なくやり難い世界に違いない。
私はあまりの煩わしさに叫びたくなった衝動を渾身の理性で堪えながら、冷静に、優雅に、淑女たる者斯くあるべしと言う姿で、この馬鹿げた演劇の断罪者が誰なのかを周囲に説いていく事にした。

「まず、この件に関しまして、私は一切関与しておりません。それは周囲の者からも証言が得られるでしょう」
「何を馬鹿げた事を!」
「何故なら私はこの国の公爵令嬢。独断での行動が許されておりません。城内、学内、ましてや我が公爵家の敷地内であったとしても、護衛や侍女の誰か一人は必ず付き従います。それも王子の息がかかった者達を、ですがね」

この理由も大した事がないものだ。ステファニーと密会したいが為に、私の行動を縛るというお粗末なもの。
王子もこの件については、ぐうの音も出ないようで、恨めしそうにこちらを睨め付けてきている。

「そして…」

と私はそこで言葉を一旦区切り、先程よりも一層の力を身体に込めた。
何故なら次に突き付ける言葉は、私としては最も認めたくない、屈辱この上ない肩書きだったからだ。

「…先程、ニコラウス王子は婚約者であるこの私を断罪し、剰え婚約破棄をした上で、そこにいるステファニーと再度婚約をしたいと申されましたが、そもそもこの話は貴方の独断によるもので、貴方のお父君には何の相談もなされていないのでしょう?それは貴方のお父君、いえ、国王陛下がお決めになったこの婚約に異議を唱えるという事。反逆行為に他なりません。──この国を二つに割るおつもりですか?」

王侯貴族派と反王族派に。
声に出さずとも伝わったようで、王子は顔を真っ青にさせながら、ゴクリと大きく唾を呑み込んだ。

にしても、ここまで言わなければ理解出来ないとは。

この馬鹿者の婚約者は私だ、と自ら喧伝する事以上に苦渋を味わう事はないと思っていたが、ここまで懇切丁寧に、それこそ赤子に言い含めるような口調で説明せねば伝わらん程の大空け振りには内心頭を抱えてしまった。まだ私の主張は終わっていないというのに、先が思いやられる。
私は軽く息を吐きながら、頬に右手を当てて「ましてや」と次の言い分を強調した。

「証拠も不十分、被害者本人の自作自演ともとれる拙い訴えによって、このような公式の場で我が公爵家の家名に泥を塗るなど、断固として許せません」
「じ、自作自演なんかじゃないわ!本当よ!!」
「ならば、これまでどの様な嫌がらせを受けてきたのか、今この場でハッキリと申し上げて下さい。それに対して私は純然たる身の潔白を皆の前で証明し続けてみせましょう。ですが、もし虚偽の発言が少しでもあった場合、それ相応の処罰を王子共々受けて頂く事になります」
「えっ!?」
「な、何故、王子である私が!!??」
「『王族とは格式と仕来りが全て。それを重んじない者など、王族たる資格なし。それに私は恥じ入る所など一片もないぞ。』──先日、ヴィクトール侯爵夫人が催しになったお茶会で、王子自らが口になさったお言葉ですよ。もうお忘れですか?」

先日と言っても昨日の午後の話だ。今は午前の半ばなので、まだ一日も過ぎていない。
どうせ、いつものように都合良く忘れていたのだろう。私が指摘した事で、馬鹿者の挙動が明らかに可怪しくなった。視線をあちらこちらに向けては「あ、あー‥‥あれ、だな」と呟き、私と目を合わそうともしない。

「ならば今回の件も、お出来になれますでしょう?何せ恥じ入る所が一切ないのですから」

満面の笑みを浮かべながら、私は躊躇する馬鹿王子の背中を無理矢理にでも押してやる。
散々、人を虚気にしては甘い汁を啜ってきたのだ。嫌とは言わせない。

「そ、そうだな、うむ。よし、ステファニーよ。クラウディアに目にもの見せてやってくれ」
「そ、それは…」

言い澱む彼女の姿に、最早お里が知れたなと感じたのは私だけではない筈。
ある者は呆れた溜め息を吐き、ある者は馬鹿者と女狐の終わりが確定した事に、ほくそ笑んでいた。
馬鹿者だけはまだ勝ち目があると信じて、「大丈夫だ。全て私に任せておけ」と自分の矮小な胸を叩いていたが、どうせ王子という身分を振りかざして、こちらを黙らせる算段なのだろう。
はあ、と何度目かの溜息が自然と口から零れたのも仕方がない事だ。もう隠す気すら起こらない。
私はチラッとこの舞台で一番、人の行来がない場所へと視線をやった。そこには私、クラウディアの一族である公爵家に長年仕え続けている影の者が一人、存在を消して立っており、私と目が合うだけで万事整っていると言いたげに一つ頷いた。

いい加減この茶番劇もそろそろ終わりにする頃だろう。

私は態とらしくこめかみに手を当てて悩まし気な顔をした。

「ああ、お伝えするのを失念しておりました。この件については既にフリードリッヒ王のお耳にも入っておりますので」
「何っ!?」
「え!!?」

驚愕に目を見開かせる愚か者二人を私は鼻で笑ってやる。
己の分も弁えず、身分を振りかざしてきたのだ。そういう輩には同じく身分を振りかざしてやればいい。
この国の最高権力者が既に動いている事を知った二人の顔が見る間に真っ青になっていく。その姿を見て見ぬ振りをしながら、私は影の者から事の次第を聞いているであろう自分の専属執事を呼び出し、今この場で王からの伝言を伝えるように命じる。

「セドリック。陛下からのお言葉を今この場でお伝えして」
「ハッ。今上陛下からは──『これまでのニコラウス王子の手により行われた越権行為、並びに無作法の数々は、王位継承権第一位の立場であっても目に余る行いであり、到底看過する事はできぬ。誠に遺憾ながら王位継承権を剥奪させ、爵位を返上させよ』とのご伝言を承っております。わたくしの言葉が信用ならなければ、もう間もなく御布令も発布されるとの事でございますので、そちらをご覧頂ければ宜しいかと」

セドリックには笑顔で労ってやりながら、私は再度馬鹿 “ 元 ” 王子に目を向ける。
爵位を返上。つまりは貴族から平民へと位が落ちるという事。これからこの男は私を下に見る所か、直接話す事も出来ない立場となるのだ。
本当は今でもこの馬鹿二人を物理的な方法で手を下してやりたいと心底思っているが、この世界ではそれは不可能に近い話だ。実父から絶縁状を叩き付けられただけでも良しとしておこう。
私は自分の心の内が幾分か軽くなった事を自覚しながら、馬鹿二人に満面の笑みを向けた。最早敬称などいらない。

「良かったですね。肝心の身分差もこれで無くなったわけですし。晴れて二人共ご一緒になられますよ」
「は、謀ったな、クラウディア!!」
「お言葉ですが、低俗な謀り事で人を陥れようとしていたのは、一体どこのどなたでしょうか?」
「うぐっ」
「ああ、そこのステファニーも同様の処置となりますから、悪しからず」
「ええ!?」

愕然とした顔で大声を上げる女狐に「当たり前でしょう」と再度追い打ちをかけてやる。

「『私は王子が平民であったとしても、貴方に恋い焦がれていたでしょう。この身この命が朽ち果てるその日まで、私は王子と二人で生き抜いていきたい』──そう、申されたそうで。その心意気には感服致しますわ」

何時ぞやの密会でステファニーが王子に紡いでいたと、影の者からは既に報告を受けていた。当の本人は全くそう思っていないだろうことは、ヒクッと口の端を引き攣らせている事からも分かるが、これまで自身の我儘で周囲を大いに振り回してくれたのだ。其れ相応の処罰を受けるのは当然だろう。

「もう二度と会うこともないでしょうが、二人のご健勝を願っておりますね」

心にも無い私の見限りの言葉に、二人は放心状態でその場に崩れ落ち、あとからは悲痛な泣き声と壊れたような笑い声が辺りに響き渡った。
目の前の馬鹿者共がこれから背負う悲惨な人生の幕開けとしては、図らずも最高の序曲となった。




*****

この後、王子の刺客に襲われたり、後釜を狙った馬鹿な貴族が押し掛けてきたりするけれど、全て華麗に撃退する春夜基、クラウディア。その内、剣術とかも身に着けて、周囲からは不本意ながらも最強令嬢と言われるようになると思います。
まあ、もし断罪劇中に前世となる春夜の記憶を思い出さなければ、クラウディアとしては粛々と馬鹿王子の命を受け入れ、クラウディアは出戻りで実家に帰る事になりますが、国としては馬鹿王子と女狐の二人の所為で破綻していき、何れは滅ぶ事になりますね。そう思えば、クラウディアは丁度良い時に思い出したんだろうし、国側としては救世主と言えなくはないでしょうね。





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