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俺が守りたいもの



「女子は大切にするものだ」
「姫様は女子なのだから守っておあげ」

何度周りの大人から、そう言われたろうか。
だが実際の姫様は、女だてらに刀を振り回し、男顔負けの武芸の才を持つじゃじゃ馬娘である。
それがタチバナには気に食わなかった。
真剣勝負でいつも負けっぱなしである事も理由の一つではあっただろうが、女は男に守られてこその生き物の筈だ。
なのに照日という女は守られるどころか、いの一番に飛び出していっては率先して場を仕切り、子供の合戦ごっこに至っては一人で勝利してくる女子なのだ。
そういう所を全部引っくるめて、タチバナは彼女の事が嫌いだった。







ある時、ふと悪戯心から巷で有名な暴れ馬の背に彼女を乗せてみてはどうか、と思い付いた。
きっとあまりの怖さに、目に涙を浮かべて自分に助けを求めてくるやもしれない。
もしかしたら今後、何かをするにしても俺を頼ってくるのやもしれない。
そう考えるだけで、タチバナは下がりっぱなしだった自分の口角が自然と上がるのを感じた。

「おい!武芸をそんなに極てェんなら、馬ぐらい簡単に御せられるだろ!」

花の都で照日を見付けて直ぐそう声をかけたタチバナは、彼女の返答を待たずして、その細い腕を引っ掴んだ。
件の馬がいる馬屋へとそのまま彼女を連れて行くと、無理矢理暴れ馬の背に乗せてやる。
いつも凛とした佇まいの姫様が、これを機に化けの皮が剥がされる事だろうと心躍らせていたタチバナは、けれどすぐに期待していたものとは違う現実を突き付けられる。
彼女は目を白黒させながらも、それでも必死に馬の背にしがみ付いていたのだ。
泣き顔など一切見せる事もなく、周囲の者が止めに入るまで耐えてみせ、助けられてからも乗馬が如何に楽しいものだったのか語らっていた。
何て豪胆で、何てサバサバした、女の筈なのに女らしからぬ姫様なのか。
結局その後、タチバナの父親や照日の付き人等にしこたま怒られてしまい、タチバナは腑に落ちない思いをした。
今度照日に会った時は「女は女らしく男に守られていろ」と出会い頭に文句を言ってやろう。
そう決意していたタチバナだったが、次の日になってから肝心の彼女が城に籠って現れない日が続くようになってしまった。それも何日も。
これには流石のタチバナも、自分が苛ついていた事など忘れて本気で慌てた。
もしかしたらあの時、実はどこかをぶつけてしまっていたのではなかろうか。
それとも苛めすぎた所為で、自分と関わるのはもう嫌になってしまったんだろうか。
頭の中でそんな考えがぐるぐると回っていく。
いつもなら気軽に城の者へと尋ねて行くタチバナも、今回の原因は自分にあるかもしれないと思うと気が引けてしまった。
そうしてタチバナが悶々と悩む日々が幾日か続いた頃、照日はようやくタチバナ達がいる村へと顔を出しにきてくれた。いつもは照日一人の筈が、何故だが今日はもう一人、お供の女中を連れてはいるけれど。
それでもタチバナは心の底からホッとした。と同時に、照日のある変わりように内心で首を傾げる。
何故だか分からないが、妙に姫様へ目が引かれる自分がいるのだ。
華やいでいるというか、綺麗になったというか。明確にここが違うと説明できないが、なんだか前より雰囲気が女っぽくなった気がする。
今まで姫様をじゃじゃ馬娘と心の中で呼んでいた自分が、突然そう考え出す事に首を傾げながらも、タチバナは照日に近付き徐ろに頭を下げた。

「姫様、この間はすまなかった」

第一声が謝罪だった所為だろうか。何に対しての謝罪が今一ピンと来ていない表情の照日に、女中が「あの時の事では」と何やら耳打ちしたことで、彼女も理解したようだ。
一つ頷いた照日は、

「気にしないでくれ、月のものがきただけだから」

と説明してくれたが、今度はタチバナが首を傾げる羽目になった。
見兼ねた女中が説明してくれた内容に依れば、姫様は正真正銘の女になったという事らしかった。

「ひ、姫様が、女!?」
「若干、語弊がありそうな言い方だが、そういう事だ。お陰でお祖父様が極度に心配されておってな。今日もヨネをお供に付けられてしもうた」

お祖父様にも困ったものだ、と溜息を吐く照日だが、タチバナは彼女の祖父が心配するのも最もだと思う。
女になったという事は、これで照日はいつでも嫁入りの準備が出来るという事だ。それなのに今までと同じ様に村の者と戯れていては、いつ傷物にされるか分かったものではないだろう。
タチバナはぐっと歯噛みをする。そして次の瞬間には照日の肩を力強く掴んでいた。

「俺が姫様のこと守ってやるからな」

彼の決意表明のつもりだった。
何処の馬の骨共分からぬ奴が現れようとも、絶対に照日だけは守ってやろうと。
だがタチバナの意気込みは、照日本人の「いや、それはいい」という素気無い言葉で脆くも崩れさった。

「ここは素直に受け入れろよ!!」
「自分の身くらい、自分で守れるぞ。それとも何か?其方は私よりも強うなれる算段でもあると言うのか?」

遥か頭上から見下げてくるような態度で宣ってくる姫様がこの上なく癪に障る。けれど算段も何も思い付かないのも事実。
タチバナは顔を真っ赤にさせながら、それでも彼女の事をギッと睨んでやる。

「今に見てろよ!いつかワノ国のどんな奴よりも強くなってやらァ!」

子供が抱く淡い夢だろうが、ちっぽけな虚勢だろうが、構うまい。タチバナは確かに今この瞬間、決意したのだ。
野望そのままを突き付けられた照日は楽しそうに笑って頷く。

「ならいつか、私を超える武士になってくれ」

と。
その笑顔は何処か悲しげでもあったが、タチバナは敢えて気付かないふりをした。





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