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げに美しくも、いとをかし2



その日、早々に政務を切り上げた照日は、その足で大広間へと駆け込んだ。

「父上!」

そう声を上げると共に、スパン!と勢いよく開け放った襖の向こうでは父である、おでんと祖父のスキヤキが和やかに会談していた。照日は二人の姿を目にして満面の笑みを浮かべる。
おでんも、照日がこの部屋に訪れる前から気配を感じ取っていたので、断りもなく入室した娘を咎める事もなく歓迎した。

「おお、照日か!大きゅうなったな!」
「父上こそ、息災のようで何よりです」

実に数年振りの父親との対面であったが、照日から見た父の姿にやつれた様子は一切なく、それ所か粗忽で乱暴者で義に熱い以前の姿のまま。おでんは何も変わっていなかった。
それだけで照日は、内心ほっとする。

「聞きましたよ、九里の家臣達の話。まるで将軍行列のように勇ましい者ばかりで、彼らを目にした者は飲んだ息を吐くのも忘れる程だったとか」

小姓達の手によって照日の席が設けられるのを横目に、照日は早速耳にした噂をおでんに聞いてみた。
だが、何て事ないようにおでんは、

「あれはアイツらの努力の結果だ。俺は何もしちゃいねェ」

と一笑するだけで、驕った態度をちらとも見せようとしなかった。
父上らしいその反応に照日は、ふっと口元を緩める。

「そうですね。父上は何も──。否、父上のなさった後始末に家臣達が奔走した結果、あのような凛々しい姿になったやもしれませんね」

一人訳知り顔で納得する照日に「何をぅ!?」とおでんが一喝する。
その親子二人の掛け合いは、まだおでんが花の都にいた頃、城でよく見た光景だった。懐かしくも微笑ましい光景に、将軍という重要な立場にある筈のスキヤキも自然と目を細めていた。
やがて、スキヤキはコホンと一つ咳払いをした。何か重要な話でもあるのだろう。照日とおでんも自ずと居住いを正す。
そしておでんの方へと徐に視線を向けたスキヤキは、彼に対して真摯に語り始めた。

「なあ、おでんよ。これまで照日は私の空けた穴を必死に埋めようとしてくれておった。だが、照日は女だ。本人がどれほど武士になりたいと渇望していようとも、いずれは添い遂げる男を立てて生きて行かねばならぬ」

それは照日が幼い頃から聞かされ続けてきた言葉だった。

お前は武士にはなれない。
女子は男に尽くすものだ。
女らしく楚々とした態度を心掛けなさい。

色んな者から何度も諭されてきた言葉が再度祖父の口から告げられるのを耳にして、自分の心臓が素手で鷲掴みにされたような苦しさに襲われる。
それはまるで、これまでの道理が分からない子供に対して噛んで含めるように話す口調ではなく、照日を見限るような言い方だったからだ。

「ちょちょ、ちょっと待てくれ!本人がやりたがってるんだ。やらせてやればいいじゃねェか!」
「お前が言うな!お前が!そもそもおでん、お主が将軍の座にすんなり納まっていれば照日もここまで苦労する事はなかったのだぞ!」
「うっ、それは…」

スキヤキの尤もな言い分におでんは何も言えなくなる。そんな父の姿を見て照日は目を細めて笑った。

「父上。私は父上が将軍の地位に就くその日の為に、これまで一歩引いた立場を心掛けて行動しておりました。ですので、私は今のお祖父様の提案に不服など何も無いのですよ」
「照日、其方には申し訳ないと思っておる。女性の身で息苦しく思うた事もあたっであろう。だが…」
「…分かっております。私も、もう幼子ではございませんから」

祖父の言葉にそう答えながらも、照日の心には暗雲が垂れ込めていた。けれど仕方がない事だと自分に言い聞かせて強引に目を瞑る。
今は父親が将軍になるかどうかの瀬戸際なのだ。自分の些細な心情になど構っていられない。
照日は努めて冷静な態度でおでんに向き合った。スキヤキも彼女のその心意気に一度頷いてから、おでんに尋ねる。

「どうだ、おでん?そろそろお主が将軍の座に腰を据えてみるというのは」

当のおでんは自分の父と娘の間で既に通じ合ったものがある様子に、納得がいかなかった。これでは不味い、と慌てて首を横に振る。

「いやいや、父上はまだまだ現役ではござらぬか!」
「…認めたくはないが、私は全盛期に比べ、体が言うことを聞かなくなっておる。もう次代に跡を譲らねばならん頃合いなのだ」

達観して語る実父におでんは、むぐぐと苦虫を噛み潰したような表情になるしかない。そんな彼にスキヤキは仕方がない奴だ、と溜め息を吐いた。

「おでん、そろそろ腹を括れ!実の娘の方が既に覚悟を決めておるのだぞ。お前も男ならウダウダと悩むでない!」

スキヤキの叱責に、それでもおでんは首を縦に振ろうとしない。

「お、俺は、その…あれだ!そろそろお暇するでござる!父上の姿も見れた事だし…、それじゃあな!!」
「あ、コラ!まだ話は終わっておらんぞ!おでん!!」

脱兎の如く大広間を飛び出していったおでんを追い掛けようとするスキヤキだが、如何せん身体が鉛のように重く動かせない。そしていきなり大きな声を上げた弊害か、ゴホゴホと咳き込んでしまってそれどころではなくなった。
照日は祖父の背を撫でながら「お祖父様、無理をなさらないで下さい」と宥めてやる。
そうしながらも、彼女の頭の中では、どうすれば父の、祖父の、そしてワノ国の為になるのかと必死に色々な考えを巡らせていた。
その姿勢は既にワノ国の将軍として相応しい心ばえだったのだが、この時はまだ照日の器の大きさに誰も気が付いてはいなかった。





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