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ある従者の思い出語り



オレの顔は醜く歪んでいる。
目は落ち窪み、鼻は骨ばみ、口は裂け、まるで髑髏のような顔面。
人である筈なのに人ならざる顔を持って生まれ落ちたオレは、当たり前かな、親にもすぐに捨てられてしまった。
普通の人間があって当たり前の名前すら持ち合わせておらず、周りの者からは、ただ化け物と後ろ指を差されて恐れられた。
『化け物』というのが唯一の名前なんだと思い、毎日を当て所なく生きていたオレは、この世の全てに絶望していた──そんな時だった。あの方と出会ったのは。







今日も飯にありつけなかった。もう五日は何も口にしていない。
もう歩く体力も食べ物を探す気力も湧かず、道端でひもじい思いをしながら、身体を丸めて縮こまる。その間にも誰かが遠くで自分を蔑んでいる声が止む事はない。
始めの頃はオレの心を容赦なく痛め付けてきていた筈の罵詈雑言も、最早反応する力も無くなってしまった。
朦朧としてきた意識に、このまま眠ってしまおうかと思考を放棄しかけたその時、いきなり肩を掴まれて無理矢理顔を上げさせた者がいた。
滑らかな黒髪を馬の尾のように高く結び、少年が着るような水干をその身に纏った、まだあどけない少女。
少女はオレの顔をじーっと覗き込むように見つめ、目をぱちくりと瞬きさせると、さも当たり前のようにあっけらかんと宣った。

「何だ。ただの人の顔ではないか。この世の者とは思えぬ恐ろしい、化け物のような顔をしていると聞いて楽しみにしておったのに。噂とは当てにならぬな」

肩を落として目に見えてガッカリする少女。これにはオレの方が唖然となる。

「…ひと?」

そんな事、生まれて初めて言われたのだ。
オレの形容詞は世間では『化け物』で通っている筈。それなのに──。

「ちゃんと人としての目鼻があり、口があるではないか。これを人と言わずして何と申す?」

嘘偽りがない眼で。
心底不思議に感じている顔で。
彼女はオレの目を真っ直ぐに見て断言した。
その言葉にオレの胸の辺りがギュッと締め付けられるのを感じる。もうとっくの昔に動きを止めたと思っていた心が疼いて仕方がないのだ。

いきなり現れて周りの人間とは全く違う事を告げてくる。
この子は一体何なんだ?

醜く歪んだオレの顔を見ても目を背ける所か眉一つ動かさない。
この子は一体誰なんだ?

翻弄し、揺れ動く心のままにオレはぎゅっと拳を握り締め、そして彼女の顔を見上げた。

「…アンタ…名前は?」
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るものだぞ」

そうハッキリ告げられてオレは視線を落とす。

「…名前なんてもの…オレには、ない…」
「ふむ…」

普通の人間にあるものがないと分かって考え出した少女の反応が柄にもなく怖かった。
だが、顎に手を当てて考え込むこと暫し、彼女は伏せていた顔を上げてオレの顔を真っ直ぐに見つめた。

「八房(やつふさ)」

響きを確かめようと、少女は口の中で飴玉を転がすように一度呟く。
そして、

「八房ではどうか?」

とオレに尋ねてきた。
その瞬間、オレの心に一筋の光が差し込んできたのを感じた。

「やつふさ…」

それがオレの名前。
周囲の奴らが当たり前に持っていたものを今この時、オレも手にする事が出来たのだ。
それを自覚した途端、色々な感情が込み上げて、胸が一杯になっていった。

「うむ。名を教えて貰ったのだ、こちらも名乗らねばな。私は光月おでんが父、名を光月照日という」
「照日…様…」

噛み締めるように少女の名を呟くオレはこの時、気付いていなかった。
“ おでん ” という名がワノ国の将軍と同じ名だという事を。

「縁があればまた会う事もあろう。ではな」

そう言って、出会いと同じく前触れもなしに、颯爽と去っていく少女をオレは、その姿が見えなくなるまで見送り続けた。






それからというもの、オレはあの方にもう一度お会いするべく、必死に研鑽を積んでいった。
身体を鍛え、知識を身につけ、あの方のお側にいても恥ずかしくないようにと。
あの方が側近を探していると聞き及んだ時には、喜び勇んで城へと名乗り上げに行きもした。
城内は候補者で殺到してはいたが、それでもオレは、自分の手であの方の役に立ちたかったのだ。
そして、選定の儀を幾つか挟んだある日の事。
オレは平伏した姿勢のまま、とあるお方の目通りを果たしていた。

「名を八房と申します」
「八房か。幾久しく私の下で仕えてくれ」

やっとの事で、あの方の側近に選ばれた瞬間だった。

再びあの方のお目にかかれた達成感。
これからこの方の役に立つ事が出来るという幸福。

様々な思いで心が震えるのを感じながら、オレは彼女からのお言葉に短く答えた。

「はっ!」

それ以外の言葉は不敬だから発するな、と家老の一人に事前に教え込まれてはいたが、そんなもの言われるまでもなかった。
何故ならオレの気持ちは、あの頃にとっくに決まっていたのだから。

こんな昔話、あの方は覚えておられないだろう。
けれど、それで良い。
オレさえこの事を覚えていれば、それで良いんだ。





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