×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




食道楽



食堂の机に所狭しと並ぶ料理の数々。
原因は多分、私の何気ない一言なんだろうな、と目の前の料理を用意してくれた賄い方に申し訳ない気持ちになりながら、春夜は先程起きた出来事について振り返った。





この船では食事時になると、手の空いた船員から食堂に向かい、食事を済ませていくのが暗黙の了解となっている。
食事の準備は主にサッチの隊が受け持つ事が多いので、食堂に行くと大概四番隊の人間と顔を合わす事が出来た。なので、四番隊に何か用があった時は食堂に行けば良いと言う事も仲間の内では周知されている。
春夜がハクと共に食堂に訪れた今日も彼らが食事当番だったようで、出入口からでも四番隊の人間が厨房に立っている姿が見えた。

「お。よう、春夜!傷の具合はもういいのか?」
「ああ。これ以上ベッドで寝てたら、体から根が張りそうだ」

毎朝恒例のサッチの問いに春夜は軽く答える。
初対面の時が傷だらけ姿だったのが尾を引いているのか、サッチは事ある毎に春夜へ怪我の具合を尋ねた。
もう殆ど怪我も治り、身体に巻いた包帯の数も目に見えて減っている今でも、それは続いていた。
過保護な男だな、と溜息を吐きながら春夜は空いた席に座って、今日の昼ご飯が届くのを待つ。ハクも主人を見習うように大人しく隣の椅子の上で待機する。
彼女が白ひげ海賊団に加入してからまだまだ日は浅かったが、大分ここのルールにも慣れてきていた。
だが、やはりというか、自分は井の中の蛙だなと思い知らされる事も間々ある分けで。
それは食事を行うだけの何気無い行為でも直面させられていた。

「…これは?」
「ハンバーグだよ。細かく刻んだ牛の肉を炒めた玉ねぎや卵と混ぜ合わせて、フライパンで焼いたものだ。今回はデミグラスで味付けしてみた」

目の前に配膳された料理に首を傾げていれば、サッチが懇切丁寧に説明してくれた。そのお陰で正体は知れたけれど、春夜にとってはまだまだ未知の領域だった。
特に味の方が全く想像出来ない。『デミグラスで味付けしてみた』と言われても、その『デミグラス』とやらがよく分からないのだ。
だがそれよりも何よりも、春夜はある根本的な部分に驚愕していた。

「牛って食べられるのだな」

故郷では米や魚が主食で、牛と言えば田畑を耕す為の大事な労働力だ。それを食べるなんて以ての外で、まさか食膳に上がるなど考えも及ばなかった。
国を出奔してからと言うもの、ふとした瞬間に訪れるカルチャーショックには慣れてきたつもりだったが、まだまだのようである。
ぽつりと呟かれた春夜の一言はサッチの他、周りにいた人間を大いに驚かせた。

「はあ?何、当たり前のこと言ってんだ?肉っていやァ牛に決まってるだろ」
「いやいや、豚もオススメだぞ!あの脂身のとこなんか得も言われぬ旨さだかんな!」
「鶏肉も捨て難いよなー、サッパリしてて」
「ピィーーッ!!」

最後のハクの抗議の鳴き声に、頭を撫でて宥めてやる。鳥は鳥でも種族が違う事は流石の春夜でも分かった。

「猪や鹿は食べたことがあるが、牛は生活していく上で人の代わりに動力として使う動物で、それを食べるという考えは私の中では全く無かったな。豚や鶏も然り…」
「「「マジか!?」」」

目を見開いて驚く周囲に、この反応から見るに牛を食べるという行為は海外ではかなり一般的なのだろう、と春夜は思った。という事はだ。これから海賊として生きていく上で、牛や豚なども山程食べていく事になるのやもしれない。
未知を前にした期待や喜び、そして少しの不安と共に、春夜は側に置かれたフォークでハンバーグを小さく切り分けて口の中へと放り込んだ。それを見ていた周囲からは「おお!」と弾んだ声が上がる。

「っ!」

まず噛んだ瞬間に驚いた。それまで食べていた獣くさく、歯応えのある肉とは一線を画すものだったからだ。
想像以上に柔らかい肉質。噛む度に肉の中から有り得ない程に肉汁が溢れては口いっぱいに広がっていく感覚は、えも言われない。
これが今まで食べてこなかった牛から発せられたものなのかと春夜は内心愕然とすると同時に、これまで食べようとしなかった自分を酷く悔やんだ。
そして極め付けがこの黒い汁。見た目からてっきり醤油だと思っていたが、醤油よりも濃厚で甘酸っぱく、黒蜜のようなとろみがあって舌先に絡みついてくる。
野菜の味が感じられる事から汁の甘さは野菜からくるものだと春夜は見当を付けたが、それ以外の材料が全く分からなかった。
これが先程サッチが言っていた『デミグラス』というものなのだろうか。成程、牛の肉とよく合っている。

「旨い」
「だろ!」

サッチが得意気になって春夜の肩をバシバシ叩く。反動でまだ身体に残る傷に響いたが、怒る気にもなれなかった。

「これがハンバーグか。何だか心温まる味がするな。それに存外、牛を食べるという行為も悪くはないものだ」

素直な気持ちを春夜は述べただけのつもりだった。
だが、周囲で聞いていた者達の心には “ 彼女にもっと旨い料理を食べてもらいたい ” という思いで一つになる。

「ヨッシャ!ならこれを機に、どんどん食ってけ!サッチの手料理は他の船員より断然旨いからよォ!」
「おいサッチ!肉だ、肉!牛はモチロン、豚やら鶏やら じゃんじゃん持ってきてくれ!」
「お前ェら、命令するだけじゃなく少しは手伝えよ!!」

それから、あれよあれよという間に並べられた大量の料理の数々。
細かく刻んだ肉をパン屑の衣に包んで油で揚げたもの。肉の塊のまま蒸し焼きにして、薄く切り分けたもの。
勿論、春夜一人だけでそんな量を平らげれる分けもなく、気付けば白ひげ海賊団を挙げての大宴会へと発展していった。
初めて目にする料理の数々に、食べるのが楽しみだという気持ちに反して、賄い方の為にも当分は思ったことを素直に口にしない方がいいなと春夜は考えるのだった。





[戻る]