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「#エロ」のBL小説を読む
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Let's ask him first
『敷居は跨いで歩きなさい』
祖父に、そういうものだからと教わった。
父には、面倒くせェと呟かれた。
今思うと、祖父は真っ当な人ではあったが、何事も枠に嵌め込んで考える人だった。
反面、父は決して手本にしてはいけない人ではあったが、何でも物事の核心を突く人だった。
そこで、ふと思う。
そうなると、私は “ どちら側 ” なのだろう、と。
枠に嵌め込む側か。
或いは、
見据える側か。
酒の席での戯言として呟いただけなのだが、ニューゲートはそれを聞き流す事もせず、自分なりの考えを答えてくれた。
「そんなもん、決め付けるこたァねェじゃねェか」
と。
「お前ェは自分のじィさんでも、ましてや父親でもねェ。春夜っていう唯一人の人間なんだからよォ。その内、お前ェっていう人間が自分の中で理解できる日が来んだろ」
言いながら、手に持っていた酒をいつも通りに呷るニューゲート。
だが、私はその言葉にハッとさせられた。
胸にストンと落ちるとはこういう事か、と身を持って分からされた気分だった。
そうだ。この人はいつだって欲しい答えを教えてくれる。
だからこそ、彼に付いて行こうとあの時、決心出来たのだ。
私は自分の口角が上がっていくのに気付きながらも、彼の答えに頷いていた。
「ハハッ、違いない」
*****
二人で酒盛り中に交わしていた小話。
訳:まずは彼に聞いてみよう。
Her bodyguard
それまで洋服を着たことが無いという春夜の為に、簡単なシャツとズボンを用意して彼女に着てもらう事になったわけだが、今まで着物姿しか見てこなかっただけに見馴れない彼女の装いは新鮮さも一入だった。
「洋装というものは随分と窮屈なんだな」
きっちりと第一釦まで留められた襟元を指で伸ばしながら春夜は独り言つ。
だが周囲は彼女の洋装姿に満足していた。
「よく似合ってるぞ」
「ああ」
皆、頷き合いながら春夜を褒める。
白のシャツに黒のズボンという簡素な出で立ちの筈なのに、細身の彼女のボディラインがより際立って見えて、何とも言えない艶やかな雰囲気を醸し出していた。
……醸し出し過ぎな気もするが。
皆同じ事を思っているのだろうか、頬を赤らめながらお互いの顔を見合わせていた。
するとそこへ、慌てた様子のマルコが春夜を呼び止めにきた。彼女の衣服を選んだ張本人の筈だが、何をそんなに慌てているのか。
マルコは春夜にだけ聞かせるように耳打ちする。だが、あまりの狼狽え振りにその内容は周囲に丸聞こえだ。
「お前、肝心の下着を履き忘れてるぞ!!」
その瞬間、周りの人間は雷に打たれたような衝撃を受けた。
つまり、今の春夜の状態って…!!?
「道理で湯文字がないと思ったら、それを先に言ってくれよ」
「そこまで面倒見切れねェよい!!」
二人の掛け合いもまるで頭に入って来ず、春夜を見る目に躊躇や劣情の色が浮かぶ。
だがそれに待ったをかけたのが、何を隠そう白ひげ海賊団のニ丁拳銃使い。
「お前ら、女性を不埒な目で見るな。土手腹に風穴開けられてェのか」
イゾウである。
「す、すまん」
引き金に指を掛けながら愛銃で威嚇する彼の姿に、周りの人間も透かさず頭を下げた。
*****
湯文字とは和服の下に履く、腰部から膝までを覆った下着の事です。
洋装に馴れていない春夜なら、こうなるかなと想像して書きました。
訳:彼女のボディガード
21グラム
ふと夢から目が覚めた。けれど、体は動かない。
金縛りなどではなく、意識だけが覚醒したような妙な感覚だった。身動ぎ一つさえ気怠い。
ぶれる目の焦点が徐々に合わさっていく中で、春夜は自分の腕が天に向かって伸びている事に気が付いた。おまけに、いつの間に涙が溢れたのか、目の周りが濡れている感じもする。
「…、…」
春夜は広げていた掌をぎゅうっと握り込んだ。
だが当然、彼女の求めるものがその中に在る筈もなく、春夜の胸中には空虚な思いだけが去来する。
彼女が心から求めているものは、最早、夢の中でしか手に入らない存在となってしまった。
春夜も内心ではそれを理解していた。──理解していた筈なのに、心が、何度も何度も欲してしまう。希ってしまう。
まるで、空虚になった部分を埋めようとするかのように──。
人は死ぬと生前の体の重さより若干軽くなるという。
極々僅かな差ではあるけれど、確かに減少しているその重さの正体は、実は身体から抜け出ていった魂なのでは、と以前噂されていたのを耳にした事がある。
──だとしたら、
今私がこの胸に感じている空虚さというのは、私の身体から魂が抜け出てしまった事の暗示ではないのか。
死んだ人間がそうであると言うならば、生きている人間もまた同じ事が言える筈。
大切な者を失った人間の心もまた脱け殻になるともよく聞く。その理由は、死した人間の魂と共に自らの魂も彼岸へと渡っているからと思えばしっくりきた。
嗚呼。ならば、私の魂が抜け出ていったのは、お前が奪ってくれたからなんだろうな。
共に彼岸へと向かう為、私の魂を代わりに連れ添っていったと思えば、少しはこの気持ちにも折り合いがつけられる気がする。
視界の端で衣桁に掛けられた淡い灰色の羽織が映り込んだ。
祖国特有の家具である衣桁は、以前、船大工の一人に見様見真似で作らせたものだ。何の変哲もない。
けれど可怪しいな。
昨夜からハクも出掛けていて、窓も閉め切っているというのに、何故か “ それは ” ゆらゆらと揺れていた。
*****
『人間の魂の重さは21グラムである』という論説を聞いた時、ふと思い付いたネタ。
春夜のこの辺の話はいつか深堀してみたいです。
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