貴女にキスしたい
それを見た瞬間、アイツに一番似合う色だと思った。
ただ、それだけ。別に深い意味なんてない。
けれど、何処かで期待していた自分がいた事も確かだった。
「…これ」
「ん?」
おれから素っ気無く渡されたそれを春夜は怪訝な顔をして見る。
これは何だ、と目で問う彼女に構わず、おれはずいっと春夜に押し付けた。
「お前にやるよい」
「これは…紅?」
そう。それは、とある露店で見付けた真っ赤な口紅だった。
春夜は普段化粧をしない。だが、その口紅は彼女の為に作られたのでは、と思わせる程に春夜に似合う紅色を体現していたのだ。
買う気はなかった筈なのに、気付けば、その口紅を手に取っていた。悔いはない。
だが、いざ本人に渡すとなると肩に力が入って仕方がなかった。
こんな事なら、贈り物だけでもコイツの自室に置いてくれば良かったかもしれない。
そんな苦悩に苛まれているおれなど気にも留めず、肝心の春夜は別の方を気にしているような様子だった。
「マルコ、これを贈る意味を知ってたりするのか?」
「あぁ!?」
ただ尋ねてきただけだと言うのに、意味もなく威嚇してしまった。春夜も「いや…」と呟いた後は閉口して、何も話そうとしない。
そんなコイツの姿に、何をしているんだ、おれは…と猛省した。
「別に深い意味はねェよい。ただお前に似合うだろうと思って買っただけだ」
「そう」
言葉短に返す春夜に、おれはどうしていいか分からず、首の後ろを無意味に触る。
もうこのまま踵を返して自室の布団にでも包まろうか、と思案し始めた時、春夜は突然ふふっと笑い出した。
何か意味有りげのようにも見えるその笑みに、ムッとなったおれは春夜を睨み付けたが、コイツは意にも介さず、
「いつか気が向いたら、つけない事もないかもな」
と告げてきた。今度は不敵な笑みも浮かべて。
そんな春夜に、おれは怒ればいいのか、それとも喜べばいいのか。一瞬迷い、小さく「ああ」と呟くのに留めた。
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