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要介護高齢者(三日月宗近?)


それは自らを “ 主お世話係 ” と自称する、とある刀剣男士の心からの叫びが始まりだった。

「前々から思っていましたが…」

力強く握り込んだ右手をブルブル震わせると、長谷部はツリ眉の奥にある紫水晶をカッと見開いた。

「主は三日月宗近に構い過ぎです!!もっとアイツを自立させてやってもいいと思います!!」

鬼気迫る様子で詰め寄ってくる長谷部に流石の私も戸惑いを覚えたけれど、これにはちゃんとした言い分がある。

「いやだって、三日月は平安時代に作られた刀だし、現代の物には疎いだろうから、自然と、ね?」

そう。言うなれば三日月宗近は、古代人を現代にタイムスリップさせたような存在だ。
右も左も分からず、身の回りの品々もどう使って良いのか分からない程に進歩した物ばかりとなると、絶対に肩身の狭い思いをさせてしまっていると思う。
そういう理由もあって、彼を放っておくのは何だか忍びなくなってしまうのだ。
そんな私の返答に長谷部は全く納得してはくれなかった。

「我々刀剣男士は、主の力で現代に顕現した時点で現世の知識は粗方頭に入っているんです!そんな甘い理屈など通りませんよ!!」
「いやいや、甘い理屈じゃなくてね、本当に。これは事実に基づいた結論で、この間なんて──」

私はあわあわとしながら、この間起こった三日月とのある出来事を話し始めた。







「主よ。先程、此処を訪れた者が何やら捺印が欲しいと言っておったので、代わりに署名しておいたぞ」

自室でいつもの執務に追われていた矢先、そう言って三日月から渡されたのは、やけに重量がある段ボール箱だった。全く覚えがない。

「ありがとう。署名って宅配便の人かな?最近、通販で買った覚えが…」

ない、と告げようとした口が固まる。同封されたケバケバしく飾り立てられた広告が目に飛び込んできたからだ。
その内容は…、

“ これで君もモデル体型に!!一日一本飲むだけで理想の体が手に入る!! ”

「これ、セールスじゃない!サインしちゃったの!?」
「一生のお願いだ、と相手に言われてしまっては流石に断りづらくてな」
「それ一生の内に何度も言う台詞だから!まだそのセールスマン近くにいてるの!?帰っちゃった!?」
「はて、どうだろうか」

はっはっはっ、と呑気に笑う三日月に怒りを覚えてしまった私は悪くないと思う。

「すぐに連れ戻して!何なら長谷部も動員して追い掛けていってもいいから!!」

通称『機動おばけ』の異名を持つ彼の特技を今使わずしていつ使う…!!

結局その後長谷部の出番を待たずして、秘技『クーリング・オフ制度』を利用したお陰で、見た目某栄養ドリンク剤にそっくりな【ファットキラー】と書かれた如何わしい物を無理矢理返品せしめる事が出来たわけなのだが、下手をすれば本丸の半年分の運営費を無意味に消失させる所だった。
そして、これで話が終わらないのが三日月が周囲からお爺ちゃんと言われる所以なのである。







またとある日。畑当番の担当を三日月に指名した時に、それは起こった。

ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!

「え?何、このすごい音」

本丸の中にいてても分かる程の異様な騒音が納屋の方から聞こえてきたのだ。
私とその日近侍を担当していた刀剣男士の二人は共に顔を見合わせ、首を傾げ合う。そこにトラクターに乗った三日月が通り掛かった事で、見る間に血の気が引いていった。先程の騒音の発生原因が分かったからだ。

「おお、主。今からこのトラクターなるもので畑を耕しに行って参るぞ」
「ダメエエエェェ!! 待って!!ロータリーを下げたまま走って行かないで!!」

三日月の言葉の是非よりも先に悲鳴が漏れた。けれどそれは、走行中には上げたままになっている筈の耕運爪が地面に接触したまま走り続けている姿を見れば仕方がないと思う。
畑でも柔らかい土壌の上でもない固い地面を掘り起こす事を強要されたロータリーは、今なお断末魔のような金切り声を上げ続けている。

「ろー、たり?」
「畑でもないのに耕した状態で走行してるってこと!早くエンジン切っ、て、ってうわ!よく見たら納屋の地面も耕しちゃってるじゃない!どうするの、これ…!?」
「はっはっはっ。ちと爺には機械の操作は難しかったようだな」
「いやいや、笑い事じゃないからね!!」

ギッと睨んで注意しても耄碌した刀剣には何のその。この後、トラブルメーカーのお爺ちゃんにはこんのすけの監視の元、離れで休んで貰う事になった。言うまでもなく、これ以上の被害拡大を食い止める為だ。
三日月が土を抉れさせた部分はというと、その日手の空いていた刀剣達へ応援を頼み、総出で土を元に戻していった。勿論、次の日は全身筋肉痛になってしまった分けだけれど。







本当にもう、お爺ちゃんとか徘徊老人とは巷で聞いていたけれど、ここまで酷いとは思っていなかったし、刀剣男士達も要はその時代の人間が具現化したようなものなのではないのか、と考えを改めるようになってきた。
三日月は特に平安時代の生まれであるからして、油断してはならないと思う。
そんな事も踏まえて、ここまで三日月が起こしてきた失態を聞いていた長谷部は茫然自失状態になっていた。無理もない。

「そういう分けで、私の中では三日月は目を離してはいけないというか、田舎のお祖父ちゃん的立ち位置になっちゃってるというか…」
「…主。今後、三日月宗近の面倒はこの俺が責任を持って見させて頂きます。だからどうか、三日月の事は今暫く放任してみてはくれませんか?」

ごにょごにょと釈明する私に、長谷部は真剣な目でそう提案してきた。
それは当初の言い分だった三日月を構いすぎだからとかそう言う理由からではなく、暗に三日月宗近という要注意刀剣男士に対しての対処方法を本気で悩んでくれているからだった。

「…善処してみます」

苦い笑みでそう返してみせたが、まさかその後、長谷部が独力で介護ヘルパーの資格を取得してきて驚かされる事になろうとは、この時の私は想像もつかなかったのである。




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