×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
疲労と白狐(小狐丸)


「癒しが欲しい」

切実にそう思ってしまうのは、ここ最近の尋常ではない執務の多さの所為にある。
刀剣男士達の今後の育成計画について政府に提案する為の過去と現在のパロメーターの比較資料に、時間遡行軍が進軍してきた時代のマッピングデータ。資材の帳簿にえとせとら。
そんな書類の山が机の上に幾つも積み上がっている様を眺めて、思わずそう呟いてしまった自分は何も悪くないと思う。

「あ、コーヒーがない」

持ち上げたカップの中身を見て、更に空しくなる。
そういえば今、長谷部は遠征中だったっけ。
何も言わなくてもコーヒーを注ぎ足してくれるお世話係の存在が無性に恋しい。けれど彼が不在となれば、それ即ち自分で行動しなければならないという訳で。

「厨に行ってこよ…」

コーヒーカップを片手に、とぼとぼと部屋を出た私は、その時相当疲れていたんだと思う。
そうでなければ、ここにいる筈のない、ふわふわモフモフの真っ白い存在を目にして、何の疑いも持たずに一匹の白狐だと判断する筈ないのだから。

「何て綺麗な毛並みの狐なんだろう。ふさふさしてて手触り良さそう…」

疲労困憊の最中に捉えた、何とも愛らしく美しい愛玩動物。朦朧とする意識の中でその狐だけがキラキラと輝いて見えた。

(今は縁側で休んでるみたいだけど、撫でさせてくれないかな?この本丸の主は私だし……いいかな?いいよね?)

誰にともなく尋ねた私は、コーヒーカップを手近な場所へと置いた。そして恐る恐る近付き、勇気を持って目の前の真っ白な狐に抱き着いた。

「っ!?ぬしさま!?」
「…モフモフ。癒されるー」

予想していた通り、いやそれ以上の柔らかな毛並みが身体前面を刺激して、ささくれ立った私の心を癒やしてくれるのが分かる。抱き心地は思った以上にがっしりとしていたけど、これくらい構わない。

「ああ、気持ちいい。しあわせー」
「…っ、あ」

何だか柔柔とした力で抵抗されている気がする。
こんなにも幸せな気分で心が和らいでいるのに、
とろとろと意識が酩酊してきているのに、
見す見す手放すなんて、そんな事したくない。

「だめ。逃がさない」

私は白狐を逃したくない一心で、抱き締めていた両腕に力を込めた。

「っ!ぬしさま!…っ…ぁ、そこはっ!」

ビクンと白狐の身体が大きく跳ねる。
かと思ったら、その後微動だにしなくなったフワフワな存在に、私はやっと観念したかという気持ちで微笑んだ。

「っ!?」

息を呑む声が聞こえた気がした。
だが、それが何かを確かめる事よりも、私は目の前の白狐をもっと堪能したい欲求で突き動かされていた。
首筋に擦り寄って顔を埋めれば、お日様の香りが鼻孔をくすぐって神経をとろけさせていく。

(ああ、このまま眠ってしまいたい)

抗い難い誘惑に目をゆるゆると閉じようとした、正にその時、突如として浮遊感に襲われた。

「!?」

どさりと板張りの通路に身体を押さえつけられ、さらりと零れてきた白髪が頬をくすぐる。
一体何事だ、と目を白黒させていると、視界いっぱいに小狐丸の端正な顔が映った。

(ん?小狐丸?)

首を傾げる私の頭の中に、何故ここに小狐丸がいるのか、先程の白狐はどこに行ったのか、という疑問が溢れ返る。
そんな私に構わず、小狐丸は獰猛な、欲に濡れた瞳をこちらに向けてきた。

「…ぬしさま」

甘い声音が鼓膜を揺さぶり、ぞくりと肌が粟立つ。
堪らず逃れようとして身を捩るが、小狐丸の大きな手が私の両肩を押さえていて身動きらしい動きが出来なかった。
抗議の声も上げようとしたけれど、音になる前に喉の奥へと引っ込んでしまった。
何故なら、小狐丸の唇が私の首筋に押し付けられていたから。
隙間から覗く犬歯が肌をくすぐり、ざらざらとした生暖かい舌を這わせられて、

「──っ!!」

私は声にならない悲鳴を上げた。
チカチカと瞼の裏で光が明滅している。
それは疲れから来る網膜の異常からなのか、小狐丸の恐怖から来るものなのか、将又、首に口付けされた事による気持ち良さから来るものなのか。まるで判別が出来なかったけど、今までに経験した事がない感覚だったのは確か。
私は早鐘を打つ心臓に習って呼吸を早めながら、ゆっくりと顔を上げた小狐丸の表情をじっと見つめた。
そして──、

「私も一応 “ 男士 ” と言われる存在ですから、ぬしさまにそのような事をされて何もせずにおるなど到底出来ませんよ。その旨、重々ご理解下さいませ」

真剣な顔でそう告げてきた彼に対して、私が出来た事と言えば「は、はい…」と小さく返事をするだけ。
それだけで今の私は精一杯でした。




back