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▼ 2月14日 女性にとって大切な日

最近、悠の様子がおかしい。
表面上はいつもと同じなのだけれど、学校が終わって彼女と帰ろうとすれば、

「ごめん。用事があるの」

と断られたり、休日のデートの誘いも、

「今日はちょっと…」

と言葉を濁される。
彼女の事は信じている。
信じているのだけど、ここまで避けられると傷付くし、不安にもなる。
だから今日こそは訳を聞き出そうと、急いで悠の元へ向かったのだけれど…、

「アイツなら、もう帰ったぜ」

そう告げられた彼女の幼馴染みの言葉に愕然とする。
今までだったら、急用があったとしても一声かけてきてくれたのに。
最早、嫌われてしまったのだろうか…。
僕が不安気に顔を曇らせていれば、見兼ねた承太郎が、

「花京院、アイツはお前が惚れた女なんだ。少しは信じてやりな」

と励ましの言葉をかけてくれた。

──ああ…、そうだな。

悠は僕の大事な人なんだから、そんな彼女を僕自身が信じてあげなくてどうする。
自分にそう言い聞かせてみれば、何だか活力が湧いてきたみたいだった。

「気が済んだようなら、さっさと行くぜ」

鞄を引っ提げて、くるりと背を向けながら承太郎が告げてきた言葉。
その一言に、僕は目が点になってしまった。

「は、どこへ…?」

今から悠を探しに行くんだが。
困惑している僕に、

「行きゃあ分かる」

とだけ言って、承太郎は有無を言わさず僕を連行した。
そして着いた先は、

「……」

彼の実家の台所。
そこには、

「え…。典明、くん?」
「悠…」

先程から会いたいと望んでいた悠が立っていた。
しかも、学校の制服の上からフリルたっぷりの白いエプロンを身に付けているという格好で。
シンプルなものを好む彼女にしては愛らしすぎるその姿に、思わず息を飲んでしまう。

可愛い…!

「承太郎、黙っててって言ったのに…!」
「何も言ってねぇよ。連れてきただけだ」
「それ、意味一緒…」

だが現実は、そんな甘いものではない。
この状況は世に言う修羅場というものではないだろうか。

「これはどういう…」
「こ、これは…その…」
「あら、花京院君じゃない!」

口籠る悠の背後から、突然聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。

「ホリィさん」

承太郎の母親で、僕と悠と承太郎が連れ立って行動する切っ掛けとなった女性、その人だった。

「あらあら悠ちゃん、内緒だって言ってたけど、やっぱり味見して欲しかったのね」
「味見?」
「ホリィさん、違っ…!」

意味が理解出来ず、首を傾げる僕に悠はしまった、と慌て出す。
だがそんな彼女にもホリィさんはお構いなしだ。

「さあさあ、上がって!今お茶を入れるから」

言うが早いか、とととーっと家の奥に引っ込んでしまった。
気不味い空気が流れる中、承太郎の「やれやれだぜ」という決まり文句だけが、その場に虚しく響いた。







ホリィさんのご厚意に甘え、通してもらった一室で僕達は向かい合った。

「どういうことか、教えて貰ってもいいかな?」
「……」

成るべく責める口調にはならないようにと尋ねたつもりだが、悠はそれでも俯いたまま目の前の机をじっと見ている。
本当にどうしたんだろう。

「僕のこと嫌いになった?」
「そんな事、絶対ないっ!!」

嫌いという言葉にすぐに反応して顔を上げた彼女。
けれどその瞳はすぐに泳ぎ出す。何かやましいことがある証拠だ。

「僕には言えないこと?」

君の彼氏なのに。

ねぇ、と再度問おうとしたその時──、

「はい、お待たせしました!」

僕達の仲を割って入るようにホリィさんが現れた。
宣言通り、お茶とあるものを持って。
それを見た彼女は血相を変えてホリィさんに詰め寄った。

「ホ、ホリィさん!それはまだ…!」
「なーに言ってるの!料理中はどこも失敗なんて無かったし、ちゃんと美味しそうに出来てるわよ。これはすぐにでも花京院君に食べてもらわなくちゃ!」
「でも!」

悠の懇願も何のそので、ホリィさんは気にせず僕の前に手にしていた菓子皿を差し出してきた。

「これは──」

形はサクランボなのだが、色身が茶色く艶がある。そしてこの甘い匂い。正体はチョコレートなんだろう。

けど、どうして?

僕の疑問に答えたのは意外にもホリィさんだった。

「悠ちゃん、どうしてもバレンタインの日に手作りチョコレートを花京院君に渡したいからって、この十日間猛特訓してたのよ」

十日前。それは悠と丁度すれ違い出した日と同じ時期だ。
僕は唖然となって彼女の顔を見つめる。
恥ずかしさで顔を両手で覆った悠は、これでもかと言うくらい耳を真っ赤にさせていた。多分、顔も赤い。

「突然、料理を教えて下さいって言われた時はビックリしたわ〜」

そうだ。彼女は料理の腕があまり良くなかった。その事を本人も気にしていたのを僕は知っている。
そうと分かれば、これまでの彼女のおかしな様子も合点がいった。
ホリィさんが僕の顔を覗き込みながらニコリと笑う。

「だから悠ちゃんの事、信じてあげてね」

承太郎にも言われた言葉を同じくホリィさんにも言われて、僕はハッとした。

やっぱり親子なんだな。

そう感じている間にホリィさんは席を外してしまった。そうなれば、部屋に残るのは僕と悠の二人だけ。
思えば二人っきりで話すのも久しぶりな気がする。

「…あのね。本当は明日事情を説明して渡すつもりだったの」

ぼそり、と告げる彼女の声を聞き逃すまいと、僕は自分の耳に神経を集中させた。
悠の顔はまだ赤く染まったままだったけれど、それでも真っ直ぐに僕の瞳を見つめて真摯に話し掛けている。
それだけで、これまでの彼女にやましい事など一切ないのだ、と信じられた。

「ごめんね、不安にさせて」

僕はなんて馬鹿なんだ。
彼女はこんなにも僕の事を想ってくれていたじゃないか!

「謝るなら僕の方だ。君の事を信じてあげられなくて、ごめんね」
「私の方こそ!典明君が不安になるような態度を取ってたんだから。こんな事なら、始めから正直に言えば良かったね」
「ううん。悠は一生懸命、僕にサプライズしようと頑張っていたんでしょ?それなら、僕がそれとなく察してあげるべきだったんだ」

終わりが見えない謝罪の応酬。
そんな掛け合いに僕と悠はお互いを見つめあった後、どちらともなく笑い合った。
僕達は相手を大切に思うあまり、本音を言い合えなかっただけだ。これからは二人共、その事に気を付けて行動していけばいい。

「君お手製のチョコレート、食べてみてもいい?」
「ええ。典明君の為に作ったものだから、遠慮なく食べて」

これまた嬉しい彼女の承諾を得て、僕は目の前の眩いチョコレートの中から一つ選んで口に含んだ。
サクランボの甘味に次いで、チョコレートの苦味とカカオの香りが口いっぱいに広がって、文句なく美味しい。僕好みの味だ。

「…どう、かな?」

不安げにこちらの様子を窺う悠を愛おしく思いながら僕は、ふっと笑いかける。

「甘酸っぱいね。とても美味しいよ」
「良かった…」

そう言って彼女は、ふわっと微笑んだ。
その笑顔こそが、僕にとっては最高の贈り物なんだと彼女は気付いてるだろうか。
いやこの際、気付いていてても、いなくても、どちらでも構わない。
彼女が僕に笑いかけてくれている。それこそが一番大切な事なんだから。

「来年も再来年も、そのずっと先も、典明君の為だけに作るから、典明君さえ良かったら食べてね」
「ああ。その時を楽しみに待っているよ」

僕はこの日、決意を新たにした。
彼女の笑顔が失われないように、
彼女と並んで歩いて行けれるように、
僕が悠をずっと守っていく事を。


****

2月14日 聖バレンタインデー

元々は269年に兵士の自由結婚禁止政策に反対したバレンタイン司教が処刑されたのを記念された日。
今では恋人達の愛の誓いの日となっている。女性が男性にチョコレートを贈る風習は日本独自のもの。



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