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▼ ごめんね、大好きよ

今日、典明君と喧嘩をした。
私達の間では珍しい程の大喧嘩。きっかけは他愛のないことだったと思う。
気が付けば、私は寝室へと引きこもり、典明君はそれまで言い合っていたリビングに留まってしまった。
引っ込む前に伺った彼の顔は、明らかに傷付いたという表情をしていて、その顔が頭から離れない。


「‥‥なんで、言っちゃったんだろう」


あんな傷付ける言葉を。

はあ、と盛大な溜め息が溢れた。次いで、背後にあった扉へと身体をもたれかけさせる。

傷付けるつもりなんてなかった。
あんな顔をさせるつもりなんて‥‥。


「嫌われちゃったかな…」


そんな不安と後悔とが脳内を占めていく。
身体も妙に気怠るくて、私は扉に体重を預けるとズルズルとだらしなくその場に座り込んだ。

こんなギスギスした空気は嫌だ。
早く、私から謝って、元の関係に戻りたい。


……けれど、

どうやって謝ろう。
どうやって切り出そう。


今はお互いに気まずくて、謝ろうにも上手くいく自信がない。

けれど――、


そんな考えがぐるぐると頭の中で堂々巡りする。先程から感じる身体の怠さも増したような気がした。
段々と身体を小さく丸めて座り込む自分。
もしかしたら、ずっとこのままなのかな?と悪い方向へ思考が回り始めた‥‥その時、

ふわっと何かに頭を撫でられたような、そんな錯覚を覚えた。

……いや、錯覚なんかじゃない。

だって、目の前に見覚えのある緑色の触脚が、ふわふわと浮遊しているのだから。
その触脚を辿っていけば、思った通りの存在が。


「‥‥『法皇の緑』」


そう、これは私の大切な人の分身でもあるスタンドだ。
試しに、ぎゅっと掴まえようと手を伸ばしてみるけれど、やはり私の手はただ、すり抜けていくだけ。
スタンドは実体を持たない存在と分かってはいるけれど、何だかそれが拒絶されているように思えて、少し悲しくなった。


「典明君…」


ぽつりと、呟けばしゅるっと伸びてきた触脚が私の頬を撫でる。
そこから伝わってくる彼の想いが、洪水になって押し寄せてきた。


『…ごめん』
『ごめんね。嫌いだ、なんて嘘だから』
『君のこと、本当は大好きだよ』


スタンド越しの彼の言葉。
そして、
ドア越しに伝わってくる彼の温もり。

扉一枚隔てた向こうに、典明君がいる――。

堪らなくなった私は勢いよく立ち上がり、背後にある扉を開いた。
それまで感じていた気怠さはもう既になく、嘘のように身体が軽い。
多分、それは彼がくれた率直な言葉のお陰。

だから、私も君に答えないと…!


「…っ」


ドアを開いた先、そこで立ち尽くしていた典明君が驚いたように目を見開いている。
そんな彼に、私は飛びっきりの笑顔を浮かべて、


「っ…私の方こそ…!」


先程からずっと伝えたかった言葉を彼に届けた。


「ごめんね、大好きよ」



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