×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




倫理観崩壊彼女

東京都立呪術高等専門学校には呪術師でも窓でも学生でも、誰でも使用可能な休憩スペースが設けられている。
数ある自動販売機が並び、隅の方には申し訳程度のベンチが置かれただけの小さな場所だが、その割に利用する者は結構多い。
七海もその内の一人な分けだが、今現在、一つの自販機を前に彼は困惑していた。

「あ、あれ? 入、らない…??」

正確に言うと、その前に立つ一人の女性がこの情報に特化した現代社会に於いて、高々自販機一つに四苦八苦している姿に対してだ。
一万円札を小さな四角に折り畳み、それを小銭投入口に入れようとしては上手く入らずに首を傾げているのだから、彼女の正気を疑ってしまう。

「もっと、小さく…折り畳む、のかな?」
「……」
「あ、でも、これ以上は…折れ、な、い、…」
「……あの」

これでは埒が明かない。
徐々に眉間の皺が増えていく内にそう踏んだ七海は、思わず目の前の女性に声を掛けた。
すると、

「え、…ぁ」

今まで七海の存在に気が付いてなかったと言いたげに、驚いた顔をする彼女と目が合った。
高専規定の制服、恐らく自分なりに手を加えた部分である黒いフードを目深に被ってはいるものの、彼女の黒曜石のような黒い瞳が丸くなっているのが分かる。
だが、すぐに疚しい事でもあるかのように目が泳ぎ出し、一歩後ろに下がってから、「な、何ですか…?」と小さく呟いた。
これはナンパにでも間違われたか。
七海は嫌な気分になりながら、目の前の自販機を指差した。

「紙幣を入れる場所はこっちですよ」
「…へ? あ、こ、ここ…?」
「そう。ああ、お札は真っ直ぐに伸ばして入れて下さい」

そう教えるや否や、皺苦茶になった万札を数秒見つめた彼女は丁寧に皺を伸ばし、恐る恐るという様子で紙幣投入口の部分に一万円札を宛てがった。

「…えっと…ここ、に、って、ひゃっ!?」
「……」
「あわわわ、わっ、わ、えっ、…えぇ!?」

上手くお札を呑み込んだ自販機が並べられた商品全てのボタンを点灯させた事で軽くパニックになる女性。
それを眺めながら七海は、やれやれと溜息を吐く。
これはもう、隣の自販機で実演した方が早いだろうな、と。

「……?」

チャリン、チャリンと硬貨を投入させた後、ピッと目的のお茶を選択。そしてガシャンと落ちてきたお茶のペットボトルを取出口から取り出す。
その一連の流れを無言でやり終えた後、彼女に視線を投げればビクッと怯えたように跳び跳ねた。何故?
だが、数秒後には硬直から復活した彼女が見様見真似で同じ銘柄のお茶を購入していたのを見て、七海は一段落した。

「それでは私はこれで」

あとは品物を取り出すだけだし、自分の当初の目的も終えている。
用は済んだとばかりに踵を返した七海は、返すと同時に彼女が使っている自販機からジャラジャラとお釣りが出てくる音と「あわわわわわ」と慌てた彼女の声が聞こえてきて、思わず足を止めた。
再び大きな溜息が七海の口から出てしまってのは言うまでも無い。










「お、瑠璃──と、七海じゃーん。何?二人ってそういう関係?」
「そういうも何も、全くの赤の他人です」
「嘘つけー顔が赤らんでるぞ」
「この炎天下の中、外に出ていればそうなります」
「……、…」

顔を付き合わせるなり、おちゃらけた言動をとる五条と苦虫を噛み潰したような顔をする七海と二人の会話にどんな回答をすれば良いのか分からず、口籠る女性事、瑠璃。正に三者三様。
──というよりも、ピンポイントで七海の逆鱗を撫で回していく五条の図と言った方が正しいかもしれない。
無下限呪術を以てしても、そこを触れずにいる事は、彼が五条悟である限り無理なようだ。

「ま、いいや。それより瑠璃、例のもの買ってきてくれたか?」
「へ!?…あ、っと……は、はい…」
「これカロリーフェローじゃん!俺コーラが飲みたかったんだけどー」
「甲、羅?…ええっと、ご、ごめん…?」

まるでイジメの現場だな。
自然と七海がそう思うのもの無理もないだろう。所謂焼きそばパン買ってこいよ、のアレが目の前で流れるように行われたのだから。
まあ、それを本人達に指摘するような馬鹿な真似を七海がするわけ無いのだが。ともすれば「俺をその辺のチンピラと一緒にすんじゃねぇよ」と五条にネチネチ言われ続けること請け合いだ。
ここは回れ右をして自室に引き込んだ方が得策だな。
そう思案すると同時に「それでは私はこれで」と当たり障りのない言葉を残して、七海は踵を返した。その時、

「ぁ、あの…」

弱々しい声に呼び止められてしまった。
見れば、先程の彼女が直ぐ後ろに立ってジッとこちらを凝視し、かと思えば、すぐに目が右へ左へと泳ぎ出した。何だろうか。

「…何か?」
「こ、これ…!」
「?」

そう言って、おずおずと七海に差し出してきたのは一つの缶飲料。商品名は分からなかったが、あの後彼女が自販機の商品をいくつか購入していたので、その中の一つだろう。

「さっきは…っ、あり、ありがとう、ごござい、ました…」

ブルブル身体を震わせながら、それでも懸命にお礼を言う姿に彼女の為人が七海は何となく分かった気がした。
気は小さ過ぎるが、礼儀は弁えている。
これでは七海も受け取らざるを得ないというもので。

「…どうも」

素っ気無く礼を言いながらも手を伸ばした彼は、瞬間、その缶の異様な熱さに触れて、思わず引っ込めてしまった。
慌てて見た缶に書かれた品名は、

『熱々!!お汁粉』

こんな真夏の、其処ら中で蝉が大合唱しているような蒸し暑い真っ昼間の時間に飲む物のチョイスが、お汁粉…!?

「ぶふッww瑠璃、おまっ『有難迷惑』って言葉知ってる?ww」
「???」

爆笑が止まらず、お腹を抑えてヒーヒー声を上げる五条とイマイチよく分かってない顔で首を傾げている瑠璃の姿に、七海は「嗚呼、この人、倫理観が破綻している人なんだな」と覚った。

「…小豆は縁起物、だから」

そんな風に笑顔で言われてしまっては、何も言い返せる訳も無く。
七海は深く考えるのを止めて、潔く彼女から熱々のお汁粉を受け取る事にした。




back