×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


女は誰を一番憎むか


私の上司は俗に言うドジっ子である。
字面を見ると何とも可愛らしい印象を与えてくるのだが、実際は物凄く面倒な人なのだ。

「名前〜〜!また軍服にコーヒー溢しちまったぁ〜!!」

執務の際に割り当てられている部屋へ入って早々、朝の挨拶をすっ飛ばして私に泣き付いてきたのは、書類上は私の上司に当たるドフラミンゴ・ロシナンテ中佐だ。

「はいはい。私が後で洗濯しておきますから、中佐はそれ以上身動きしないで下さい。床が汚れます」

直ぐに決まった定位置から中佐の新しい洋服一式を引っ張り出して手渡す。勿論、身体を拭く為のタオルも忘れずに。
最早、毎朝恒例の日課となっている流れに慣れてしまって、中佐の為にと幾つもの代用品を用意しては次に備えている自分に溜息を吐いてしまう。まるでこの人の母親のようではないか。自分で言ってて泣けてくる。

「す、すまな、ぎゃっ!」
「…だから、何でいっつも何もない所で転ぶんですか?実はわざとでしょ」
「そ、そんなわけないぞ!おれは昔っからドジっ子なだけで…」
「中佐みたいな成人男性が、自分はドジっ子です、なんて明言しても可愛くありませんから」
「うぐっ!」

中佐のガラスのハートにヒビが入ったみたいだ。胸を押さえて悶絶する姿が視界の端で確認できた。
けれど、気に止めてなんていられない。中佐が何かやらかす度、尻拭いは全て部下である私が請け負っているのだ。少しは人の苦労も理解して欲しいものである。

「相変わらず、ロシナンテには手厳しいな。名前大尉」
「センゴク元帥」

私達の掛け合いを微笑ましく見つめながら現れたのは、海軍本部の知将と呼ばれるセンゴク元帥だった。
彼はいつもの通り、仕事が始まる定刻きっかりに上座にある執務机へ腰を落ち着かせると、素早い動きで机上に積み上がった報告書を確認していく。
その姿は知将という名の通りの働き振りで、いつ見ても惚れ惚れさせられる。うちの上司もこんな風に、出来る大人であって欲しいものだ。
そんな元帥に、私は透かさず温かいお茶をお出しした。勿論、お茶請けのおかきと共に。

「ほら、中佐も。すぐにお着替えになって、ご自分の席に着いて下さい。元帥をお待たせするなんて、貴方何様ですか?」
「上司に対して辛辣過ぎない!?」

容赦ない言葉を浴びせまくる私に、中佐はめそめそと泣く。本当に面倒くさい。

「全く、お前達はいつまで経っても変わらんな」

ズズッとお茶を啜りながら、元帥はほのぼのと呟いているが、その考えには断固として異議を申し立てたい。
私が中佐の補佐をする立場になった始めの頃と今とでは、状況があまりにも変わり過ぎている。

「私はともかく、中佐には変わって頂きたいです。もう昔と違って、中佐は何人もの新兵を育成できる立場にありますから。いつまでも子供のような振る舞いでは困ります」
「こ、子供…」

衝撃を受けた顔になっているが、長年着続けている筈の軍服のボタンを今だに掛け間違えている人を子供と言わずして何と言うんだ。
私は溜息を溢しながら、中佐に自分の執務机に座るように促した。

「ほら、これでも飲んでシャキッとして下さい。中佐でも飲めるように冷ましておきましたから」

適温になるまで待っていたコーヒーを中佐の目の前に置く。どうせ先程溢したコーヒーも碌に飲まずに終わったのだろう。
中佐はいつもみたいに熱さに驚いて即座に吐き出すような事もせず、コクリと飲み込んでゆっくりとコーヒーを味わっていた。
そして、しみじみと独り言つ。

「ホント、おれ、名前がいないと何も出来ないな」
「今更、何を言ってるんですか?中佐の下に配属されて早々、貴方の下着を洗わされたあの日から、中佐が何も出来ない人だって事は私が一番よく分かってますよ」
「ロシナンテ、お前何てことを…」
「あ、ああああああああ!!せ、センゴクさん、これは、その…!名前、あの時はすまなかった!!」

元帥に懐疑的な目で見られて、あわあわと情けない声を上げた中佐が勢いよく頭を下げてきた。
あの時は泥だらけの中佐が着替えもないくせに辺りをうろつき回るから、後始末が本当に大変だったのだ。
私は溜息一つで謝罪を流しながら、中佐の眼前に書類の束を突き付けた。明日が期限の決裁待ちのものが幾つもあるのだ。ぼやぼやなんてしていられない。

「一息ついたのなら書類の確認をお願いします。‥‥また項目を一つ飛ばしで記入したり、コーヒーを書類の上にぶちまけるような二度手間な仕事はさせないで下さいね」
「わ、分かってるって!おれだって、やれば出来るって所 見せてやらァ!」

そう言って、また馬鹿みたいなドジをし続ける中佐を私と元帥が表立ってフォローしていく。
そんな下らない関係が、この先ずっと続くものだと思っていた。
中佐が死んだと聞かされるまでは。







「残念な事だが、ロシナンテは先の任務の最中──殉職した」
「……は?」

最初、元帥が何を言っているのか理解出来なかった。じゅんしょく、という言葉の意味がつかえて飲み込めない。
だが、ここは海軍で私は海兵だ。任務中に仲間が死ぬ事など当たり前に起きる。だからこそ、元帥の言葉は嫌でも現実を直視させられた。
もうこの世には中佐はいないのだ、と。

「……だから言ったんです。潜入任務なんて、中佐には向かないから、私も…付いていく、と…」

ふつふつと湧き上がるこの感情は、いつものドジを踏んで死んだのだろう中佐に対しての怒りだろうか。それとも中佐がこの世からいなくなってしまった事への悲しみだろうか。
分からない。色んな感情がごちゃまぜになって襲ってくるものだから判断がつかなかった。
けれど、これだけは言える。

「やっぱり中佐は、私がいないとダメダメじゃないですか…!!」

中佐を詰るいつもの言葉だった。
だけど、いつもより言葉が支えて喋りづらい。まるで小骨でも喉に刺さっているみたいだ。
瞳から零れてきそうになったものを顔を覆う事で堪える。目の前には、まだ元帥もおられるのだ。無様な姿は晒したくない。
だというのに、湧き上がるこの気持ちは、自分の中の自尊心でも止められそうになかった。

「ドジでも何でも、いくらでも面倒かけて下さって良いですから…、帰ってきて下さいよ…っ!中佐ァッ…!!」

ハア、ハア、と身体が酸素を求めて脈動する。
一息に自分の気持ちを吐き出したので、肺の中の空気が全て無くなってしまった所為だ。
だが、お陰で幾分かスッキリした。頭の中が急速に冷えてきて、今からやるべき事、出来る事を鼠算式に脳内で構築させていく。

「…誰ですか?」

ぼそり、と私は呟いた。
元帥が「名前…」と気遣う声で呼びかけてくるのを俯いていた顔を上げる事で応える。今の私に迷いはなかった。

「中佐の命を奪った奴は、一体誰ですか!?」

決意を胸に抱き、中佐を殺した奴に報復する事をこの時、私は固く自分に誓った。


*****

黒髪サラサラオカッパヘアーの毒舌夢主を想像して書きました。案外書きやすくて自分でもビックリです!
この後、彼女は死物狂いで手柄を立てて、頂上決戦時には中佐にまで上り詰めることになるという裏設定が一応あります。
設定上の名前:エステル


back