目につく静寂


立花仙蔵というのは実に扱い難い人間だ。気紛れで自分のルールに絶対。自分と他人の境目が常人よりことごとく広い。そんな彼に付き合っていられるのは自分くらいだと思っていた。

さっきまでは。


「そういやさ、仙蔵って彼女出来たの?」
「は?」

学食で昼食を摂っていた俺に伊作はそんな事をきいてきた。

「知らねぇぞ、そんな事」
「そうなの?まぁ仙蔵は秘密主義だしね」
「どんな主義だ、つかなんだよその話」
「知らないの?最近結構有名になってるよ」

なぁ留、と伊作は横で購買で買ったパンをかじっている留三郎に話をふった。

「おう、先月くらいからじわじわ広がってるぜ?」
「先月!?」
「本当に知らなかったんだ、それでも仙蔵の親友か!僕とクラス替われ!」
「いやわけわかんねーから」

ぶつぶつ言っている伊作を無視してここ最近の事を考える。確かに俺は仙蔵と同じクラスで親友で、言うなれば恋人で…ちょっとまて、俺と仙蔵は付き合っていなかったか?なのにどうして仙蔵に彼女が出来るんだ?

「伊作、その仙蔵の彼女って何処のやつだ?」
「ん?4組の子だよ、名前なんだったっけ?ツインテールの…」
「そうか、わかった」

なにがわかったかは自分でもわからないが俺は食器を回収口まで持っていって食堂を後にした。


仙蔵の姿を探してあいつの行きそうな所に足を運んでみる。教室、図書館、屋上。何処にも居なかったからまさかと思いながら理科実験室に向かった。
そしたらいた。制服の腕をまくり、火にかけたビーカーの前でメモを取っている仙蔵を。
一安心して「仙蔵、」と俺が呼ぶ寸分前に「立花くん」と少し高い声が遠くから聞こえた。
そして仙蔵の横に現れたのは伊作が言っていた通りのツインテールの女。身を屈めて仙蔵の手元のメモを覗き込んでいる。
おいおいちょっと待てちょっと待てちょっと待て!
普段の仙蔵なら女にあれだけ近寄られて嫌な顔をしない筈がない。なのに今の仙蔵は女にそんな素振りを見せせず、自分のメモまで見せている始末である。

「…なんなんだ?」

実験室の前でで茫然と立ち尽くす俺の後ろで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


それから俺の頭の中は色々な考えで一杯になっていった。あれはどういうことだ?あの女は本当に仙蔵の彼女なのか?そしたら俺は…

「…次郎、文次郎!」
「あ、あぁ?」
「授業終わったぞ」

怪訝な顔をした仙蔵が、隣の席で教科書を仕舞いながら俺を見ていた。

「考え事か」
「…ちょっとな」
「全く、委員会のことは委員会の時だけ考えろ」
「は?」
「は、て…帳簿の事を考えていたのではないのか?」

どうやら仙蔵には俺が合わない帳簿計算について思考を飛ばしているように見えたらしい。

「まあそんな所だな」
「意味がわからん」

今眉を潜めながら俺を見ているお前の事を考えていたなんて言えるわけがない。

「次は教室移動だ、急げ」
「わかったから急かすな」

妙な噂がたっているのに至って普通な仙蔵にかえって気が狂いそうだ。


言うまでも俺は無くその日1日の授業に全く身が入らなかった。
仙蔵の様子からするとそれは誰かが面白おかしくまくし立てたただの噂なのかもしれない。だが昼休みのあの二人を見るとどうもただの噂とは思えない。
頭の中がぐちゃぐちゃで帳簿計算も上手くいかないものだから後輩に不吉がられてしまった。

「文次郎、最近どうしたんだ?」
「別に、どうもしねぇよ」
「どうもしないわけがないだろう、なんだ早くも老化が始まってしまったのか」
「なわけあるか」

そんな日々が続くわけだから当の仙蔵にも心配されてしまった。

「仙蔵、一夫多妻ってどう思う?」
「そんなもの個人の自由だろう」

実際仙蔵はどうなんだろうか。男の恋人は俺で女の恋人はあのツインテールなのだろうか。仙蔵なら許させる気もするがそれじゃあ明らかに俺が不利だろう。立場的にも、社会的にも。

「どうした文次郎、眉間の皺が大変な事になっているぞ?」

ひょいと俺の顔を覗き込んできた仙蔵が親指と人差し指で無理矢理皺を伸ばしてきた。爪が食い込んで少し痛い。

「今日はもう先に帰れ、そして早く寝てしまえ」
「あ?、買い物はいいのか?」
「お前がそうだと此方まで気が滅入ってしまうよ、買い物の付き合いなら当てはある」
「…当て?」

言葉を詰まらせる俺に構わず仙蔵はポケットから携帯電話を出して発信ボタンを押していた。
おい、当てってなんだ?まさかまたあのツインテールの…

「仙蔵、やっぱり買い物は…」
「あぁ伊作か?暇だろ、今すぐ帰り支度をして正門まで走ってこい」
「…伊作?」
「伊作だ」

不満か、と仙蔵はぱちんと片手で携帯電話を閉じながら俺を見る。

「あ、いや…なんだ」
「文次郎、もう帰って寝ろ」

情けないくらい挙動不審な俺。それは調度いいタイミングで石につまづき、頭からスライディングしながら正門に到着した伊作が男らしく見えるくらいだった。

仙蔵を信用しないわけではないが昼間の理科実験室のことを思うとどうももやもやとする。女々しいぞと己の叱咤してみてもその事が気になって仕方ない。
身を引き締める為に思いっきり熱い湯船に浸かった後、自室に戻ると俺の携帯電話に誰からかメールがきていた。
なんだと思って開けてみると、送信者は伊作。珍しいこともあるもんだと思うや否や、簡潔に纏められたメールの文面に目を取られた。本文には短く一言『逃げろ』という言葉が。

「…何から?」

主語の無いその言葉に頭を捻っているとこの部屋のある二階に繋がる階段からどすどすと忙しく響く足音に気付いた。誰か来る?と思うが早いか俺の部屋の戸がばあんっと開け放たれた。

「見損なったぞ文次郎!」
「はぁ?」

声を荒げ、物凄い形相で俺を睨んでいる仙蔵が肩を怒らせて仁王立ちしている。
「な、仙蔵?」
「お前ともあろうものがあのような噂に惑わされるとはな!」
「待て、落ち着け!」
「どの口がそれを言うか馬鹿者!」

次の瞬間俺の視界が反転した。そうして後頭部に鈍い痛みと腹部の圧迫感を同時に感じたかと思えば俺に馬乗りになった仙蔵が掴みかかってきている。

「私はっ、情けない…」
「せん…」

今日の仙蔵の気性は特に激しい。怒っていたかと思えば今は顔を歪ませて目に水の膜を張っていた。それは直ぐに壊れて頬を濡らし、雫は垂れて俺の顔をも濡らし始めた。ゆっくりと濡れた頬に手を添えると熱が籠っているのがよくわかった。

「泣くな」
「煩い…、誰のせいだ」
「すまない、つか何でお前が泣くんだよ」
「黙れ馬鹿者」

すんすんと鼻を鳴らす仙蔵は両手で顔を覆い隠してしまった。俺はよっこらせと身体を起こし、しばらく仙蔵の頭を撫でてみたが、震える肩を見ているうちに抱き締めずにはいられなくなった。そっと仙蔵の背中に腕を回し、引き寄せると仙蔵は素直に俺の懐に入ってきてくれて、その暖かさが妙に俺の心を落ち着けてくれた。


事の経緯を俺が知ったのは翌日学校で伊作に会った時だった。
あのメールの意味は『仙蔵が殴り込みにくる(かもしれない)から逃げろ』という意味だったらしい。なんでもあの後買い物に行った二人は街でツインテールの女と鉢合わせたそうな。当然伊作はその女が仙蔵の彼女だと思っているわけだからそこで使わなくてもいい気を使ってしまった。

『あー、僕先に帰るよ』
『何故だ?』
『何故って…ねえ?』
『やだぁ、善法寺くんたら』
『なんなんだ?お前たち…』
『だって仙蔵、この子と付き合ってんでしょ?』
『は?』

そこで噂を聞いた仙蔵は激怒し、その噂を俺も信じてると伊作から聞いた途端に俺の家に突っ込んできたということだそうだ。

「本当にすごかったんだって、仙蔵は一目散に文次郎の家に行っちゃうし、僕とあの子放置でだよ!?気まずいったらありゃしない」
「そうか」
「しかもさ、さっき仙蔵その子振っちゃったんだよ?こっぴどく」
「さっきか」
「さっき、昨日の一件で仙蔵からきっぱり"お前に興味等毛ほどもない"ってね」
「興味ねぇ…」


その仙蔵はというと屋上のフェンスに寄りかかりながら俺の横でぼんやり空を眺めている。

「…裏切られた気分だよ」
「俺にか?」
「お前にも、あの女にもだ」
「ツインテールのか?」
「あぁ、科学で私と通じる部分があると思っていたが…所詮ただの女か」
「なるほどな」

多分仙蔵はツインテールの女に同志のようなものを感じていたのだろう。そうやって心を開く事の少ない仙蔵にとって、今回の事はちょっと堪えたのかもしれない。

「噂を信じるお前もお前だ、本当に情けない」
「煩せぇ、たまには嫉妬くらいさせろ」
「…似合わん」
「知ってる」

少し俯いてしまった仙蔵の表情はよくわからなかったが、耳を赤くする程照れ臭いのだろう。
俺は屋上の出入口が閉まっているのを確認すると似合わないついでに仙蔵の肩を抱き寄せる。

「お前の恋人は俺だもんな」
「当たり前だ」

身体に仙蔵の体重がかかってくる。それがなんとまぁ心地好い重みだったこと。
俺たちをすり抜けるように吹いてきたいつもならただ不快なだけの生温い風が新芽の匂いを運んできた。

もう、春が近い。
















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湯上さんに1万のお祝いとして頂きましたぁぁ!!
この伊作が、仙蔵と伊作がこんな関係だったらいいなあっていう、私の理想すぎてニヤニヤが止まりません。そして文次郎一筋の仙蔵が可愛くて可愛くて。
うえ、へ、へへへへ…!
湯上さん、「嫉妬文次郎」のリクエストに応えて下さり、そして素敵な文仙をありがとうございました!^m^













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