A

昼休み。留三郎は紙パックのジュースをすすりながら俺の前の席に向かい合わせになるように座り、明日までの課題をすすめる俺のシャーペンの動きを目で追い始めた。
暇なのか、こいつ?

「立花さんに連絡とってないんだって?」

無視してシャーペンを走らせていたが、そう聞かれた途端に芯がポキッと折れた。
動揺したと思われたかもしれない。そう考えるだけでイラついて、いつもより低めに声を出す。

「…何で知ってんだ」
「小平太から聞いた」

ジロリと睨みつけても慣れたようにその目を見返し、留三郎はそう種を明かすとニッと楽しそうな笑みを作った。
はぁ、とため息をつき、いくらか表情をやわらげて今はいない小平太の席を軽く睨んだ。

「あいつ、口軽いな」
「何で連絡しないんだ?あれだけ可愛いだの綺麗だの言ってたくせに」

可愛い、それに綺麗だ。ああいう清楚な雰囲気の女が昔から好みだった。でも、彼女の意思の強そうな瞳はもっと好ましく思っている。まだ2回しか会ったことはないけれど。
否定しない俺を見た留三郎が、俺の心を想像して勝手に言葉を続ける。

「男なら当たって砕けろって」
「砕けたあと立ち直れる気がしねえんだよ」

今まで自分から女の子にアプローチしたことなどただの一度もない。いつも向こうから寄ってきて、何となく付き合ったり別れたりを繰り返していたのだ。正直、彼女たちの顔も今はぼんやりとしか思い出せない。このもどかしい感情を知ってから「あぁ、好きじゃなかったのか」とやっと気付いたほどで、大して関心も持っていなかったらしい。

今までの存在とはまったく違う。
立花仙蔵。
俺は彼女に吊り合うのだろうか。

「大丈夫。いいこそうだし、きっと優しくフってくれる」
「フられる前提で話をすんな」

励ますように肩を叩く留三郎の手を振り払って、自分の携帯を開いた。

メールの文面はすでに作ってある。「クリスマスは暇か?」と一行だけ書いた短いメール。
あて先、立花仙蔵。
あとは送信ボタンを押すだけなのに、この親指がその一動作に踏み切れない。
一週間も押せないなんて、このヘタレ。と、心の中で自分を罵ったところで押せないものは押せないのだから仕方ない。

「押してやろうか?」
「いらん」
「文次郎…いつからそんなヘタレになっちまったんだ…!俺は悲しい。…うぅ、」

いつの間にか後ろに回って携帯の画面を覗き込んでいた留三郎は、嘆くようにそう言って泣くふりをした。
振り向いて、呆れたように「あのなぁ」と意識をこちらに向けさせる。

「お前だって伊作と付き合うまではヘタレの中のヘタレだったろうが」
「あっこの野郎、伊作のこと呼び捨てにしたな!」
「うるせえ…っておい!」

いきなり視界が変わり、首がぐっとのけぞった。
後ろから軽く首を絞められていると分かり慌ててその腕から逃れて向き直ると、留三郎は別段腹を立てた様子もなくぷいっと視線を逸らせた。
おおよそ伊作の名前が出て、動揺したか照れたかのどちらかだろう。
初めて相思相愛の奴を羨ましく思ったことにまた新鮮な感情を味わっていると、手の中にある携帯の画面がパッと変わったのが目に入った。

『送信完了しました』

「ああああッ!お、お前…!」
「ん?」
「送信しちまっただろ!どうしてくれんだよ!」
「は?自分で押したんだろうが」
「…ッてめえが首絞めた衝撃で押されたんだよ!勝手に!」
「あー、…それでも押したのはお前の親指だろ?」
「…ふざっけんな!」

ドン!と片腕に力を込めて強く胸を押した。
留三郎の体は机を支えに、倒れることはなかったがその目は好戦的な光をたたえてこちらを威嚇している。
次の瞬間、下からきた拳に突き飛ばされて机の群れに背中から倒れてしまった。
俺を見下ろして油断している今がチャンスだとすぐに起き上がって殴りかかる。
しかし拳は受け止められて、相手の拳が飛んでくる。
こちらも拳を受け止めると、互いに足を踏ん張って力比べが始まる。
力比べに勝って、頬に一発。

もう回りは見えなかった。




教室の机や椅子のほとんどを倒しながら取っ組み合いを続ける2人。それを教室の外から眺める野次馬のうち誰かが、このどうしようもない喧嘩を止めてもらおうと七松を探しに行き、そうして連れて来られた彼が、力づくでこの戦いに終止符を打った。
皆が拍手と歓声を、教室の中1人立つ彼に送る。

皆が七松を尊敬と畏怖の入り混じった瞳で見つめるのは、いつも彼らの喧嘩をとめてくれるその力強さだった。
すなわち彼らがことあるごとに喧嘩し、そのたびに最も目立つのは七松であるため、当の喧嘩っ早い2人のことは大して問題にならず、この学校では七松最強説が流れている。














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