初恋B 職場で出会った新しい恋人は、もう何年も優しく接してくれて、私たちはうまくやっていた。 我が家の愛犬もすっかり彼に懐いて、二人で住む家に連れて来ようか、と真剣に相談しているほどだ。 あの頃に比べると老いてしまったが、元気に飛び付いてくる様子は、年を感じさせない。 「散歩はどうする。朝と晩で分けるか」 「君に朝は無理だと思うな。晩を頼むよ」 「正論だ」 反論を探すが、私をよく知る彼に隙はなく、顔を見合わせて笑い合う。 休憩がてら、二人で小さな珈琲の専門店に立ち寄った。鈴の音が来客を知らせる。 店員が見当たらず、奥に声をかけて、並んでカウンターに腰をかける。 「でもやっぱり君に懐いてる。ぺろぺろと、嫉妬したな」 「犬に妬いていれば世話がないな」 率直な物言いが彼の本心だと分かっているからこそ、笑って受け止めることができる。素直でない自分が他人をここまで信用するには、何年もかかったわけだが。 根気のよさも、彼の長所だった。 店員が出てこないのをいいことに、キスでもしようか、顔を寄せる。 しかしようやく足音が近づいてきたため、そっと身を離した。 「いらっしゃいませ、ご注文は……ひっぐし!」 カウンターの向こうで口を押さえ、顔を上げる男と、目が合った。 二人分のアレルゲンではひとたまりもないだろう。 鼻をほんのり赤くしたその男は紛れも無く――卒業以来一度も顔を合わせず、これからも一生会うことはないだろうと踏んでいた――文次郎だった。 わざわざ確認する必要はなかった。 私があいつを、間違えるわけがない。 「……どうしたの?」 「あ、ええと……サンドイッチと、珈琲を……」 恋人に手を握られハッとして、目に止まったメニューを読んだ。 「僕も、同じものを」 「……はい。お待ち下さい」 一回り大きくなった背中が厨房に消えるまで、目から零さぬよう追っていると、唇に恋人のそれが重なった。 「!」 「知ってるだろう。嫉妬深いんだよ、僕」 もう一度、と落とされる口づけを甘んじて受け、実家に置いて未だ捨てられない、返し損ねたネクタイを思い浮かべていた。 私はお前を、よく強情っ張りだと評したけれど『これを身につけている限り、ずっと一緒にいられる様な気がするよ』と、口に出すことができないくらいには、私も頑なだったようだ。 end. |