だきしめてA

いい気分だ。
体が軽い。

気付くと、そこは見慣れぬ場所だった。
目を覚まして見えた景色が自分の家でないことに戸惑うが、知らない大人たちに混じって、両親の姿があることに安心する。

『ここは…?』

ベッドと見たことのない機械が置いてある部屋。白衣を羽織り、聴診器を肩に下げた医者。
どうやらここは病院のようだ。
そしてベッドで眠っているのは、紛れもない自分の姿だった。
両親が泣きながら何か言っている。

これは夢だろうか。

考えても答えの出ない疑問は、泡のように消えて、それにしても体が軽いなぁと、遊びにいくつもりで病室を出た。

日はとっくに暮れたらしく、冷たい風に押されるようにして、辿り着いたのは本館の裏。もみの木の下だった。
そうだ。ここに来たいと思ったんだ。もう誰もいないだろうから。

しかしそこには、建物の陰にちょうど隠れて、木を見て立っている男がいた。

『先生?』

呼びかけると先生は、こちらを見て、疲れた顔で笑った。

「仕方ないなぁ。そんなに登りたいのか、この木に。…また落ちるぞ?」

子供の考えは理解できないと言われているような気がして、反発心が芽生える。
止められたって、一番上まで登ってやろう。
今ならできる。

まるで羽が生えた身軽さで、次の瞬間には頂点に座り、先生を見下ろした。
どうだ。今なら何だってできるんだ。
次はどんな冒険をしに行こうか。
期待に胸が膨らむ。電柱のてっぺんにだって、屋根の上にだって登れそうだ。

ふわふわと飛んでいきそうな気分で更に上を見上げた。

「仙蔵」

先生が、おいで、と腕を広げ、わたしのからだは少し重くなり、先生の腕の中にぽとりと落ちた。

「一回だけ」

確かに抱きしめて髪を撫でてくれた。

先生は、小平太や他の生徒のことはよくおぶったり抱えたり――正しくは飛び付かれたり、捕まえたり――していたが、わたしを抱きしめてくれたのはこれが初めてだった。

本当は、ずっとこうして欲しかった。

先生の涙が一粒落ちて、わたしは『そんなに登ってほしくないのだろうか』と、初めて大人の気持ちを思った。

更にからだの重さが増した。
先生の腕が離れていく。
身動きが取れずに、何か大きな力に引きずられていた。










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