Crazy for youD
〜翻弄する彼と彼女のセリフ〜



「…婚約者…だと?」



俺は今、屋敷の一室に居た。
発端は親父の秘書からの電話。それはキスをしている真っ只中のこと。
名残惜しく感じながらも、仕方なく通話ボタンを押したことはつい数分前の話だ。緊急です、と言われて呼び出され、追い立てられるようにして案内された先は、親父の部屋。
頻繁に家を空けるアイツがいつの間に戻ってきたのかなんて気にも止めない。呼ばれるのも、いつも突然なのだから。
そして部屋に入るなり満面の笑顔で飛びついてくるアイツを適当にあしらうのもいつものこと。

しかしその後に発せられたそれは違っていた。



「そうそう!コンニャクじゃなくて婚約な!」
「なんでこんなに突然…。」



ツッコミすら面倒でスルーすると、少し口を尖らせる親父。…本当にめんどくさい。



「お前も良い年だからなー、そろそろ身を固めた方がいいと思ってよ。」
「………相手は。」
「ほら、バラムの商談あったろ?そこの娘さんだ。」



バチが当たったのだろうか。アイツに…リノアに嘘なんて吐くから。嘘で終わらせるはずだったものが現実になるなんて。



「キンパツアオガンで美人さんなんだよな〜。いやぁ、お前にはもったいないくらいだ!俺がもーちょっと若けりゃな〜。」
「社長…それを言うなら金髪碧眼(きんぱつへきがん)でしょう…。」



秘書―――キロスは、顔色一つ変えることなく訂正をいれる。それもいつものことだ。



「でも…俺…。」
「ん〜?どうした、スコール?ほら、父ちゃんに何でも言ってみろ。」



口を開く。が、声が出ない。言いたいことは、ある。
でも、言っちゃいけないとも分かっていた。俺の運命とも言える道。大事な商談を破綻させるわけにはいかない。幼いころからの責任、重圧が乗っかって、俺の進む道は絞られていく。
それでいいと思っていた。思っていたはずなのに。



「俺…、」



どうしてこんなにも言葉が出てこない?
どうしてこんなにも嫌だと思っている?
俺は―――、



「いや、なんでも…ない。」



酸素を多く取り込んで、そしてようやく吐き出した言葉は頭の中のそれとは違っていた。
式の日取り、だとか、衣装合わせ云々とか、トントン拍子に話が進んでいくのを、どこか他人事のように聞きながら、ただ大人しく目線を下げていた。








***







相手はこの家の次期、主。
わたしはこの家の使用人。

しかも相手は婚約者を持つ身。
ダメだって、分かっているはずなのに、止められなかった。指先に触れた熱に酔わされたみたいに、無意識に彼を求めて。

でも、きっと心のどこかで信じてた。甘いキスから伝わる優しさは本物だって。きっと彼もわたしを想ってくれてる、なんて、傍から聞けば自意識過剰なのかもしれないけど。
きっとここからわたし達の間の何かが変わる、そう、信じてた。



口付けている中で彼の携帯が鳴り、一言も言葉を交わすことなく別れた。そしてそれから1時間ほど経った今、自室に戻ってさっきまでのやりとりを思い返していたわたし。
そんな中鳴りだしたベルに手をかけると、いつものように「コーヒー。」と、一言要件のみを伝えられた。

そうして、少しだけ気恥ずかしい気持ちのまま執務室へ続く扉を開けば、まるで待ちわびてくれていたようにわたしの身体は引き寄せられた。
わたしのまるごと包み込むようなあったかいハグ。

中庭での出来事は嘘じゃない、それを確信して、彼の背に腕を回そうとした。
だけど。



「っきゃ!?」



突如身体を押され、踏みとどまることもできないまま、尻もちをついた。
何が起こったのか分からず顔をあげると、出会ったのは少し前までの熱っぽい視線、ではなく、まるで蔑むような―――冷たい視線。



「使用人のくせに。あんた…まだ期待してるのか?」



耳に届いた声は信じがたいものだった。



「え…。」
「暇つぶしに遊んでみたら、あっという間にこれだ。良いか、俺はもうすぐ結婚する身だぞ。」
「…スコール坊ちゃ…、」
「あんたなんか相手にするわけないだろう?…ほら、部屋に戻れ。それからこの部屋の割り当ては別の者に変えるからな。」
「待…っ、」


わたしに口を挟む隙すら与えない。
そして、



「この部屋から出ていけ。解雇しないだけ有難く思うんだな。」



最後に放たれたのは、浮つくわたしを一瞬で地に落としてしまうような容赦ない言葉だった。





***





「…良いのですか?」



ノックの音と扉を開ける音、その後に聞こえた男の声。
俺は振り向くこともせず、ただ、革張りの椅子に座って、抜けがらのように空を見つめていた。
いつの間にか日が暮れている。



「……聞いていたのか、キロス。」
「聞こえたのです。」
「……良いんだ。こうあるべきだっただけだ。」
「……。」
「この方が、あいつも後腐れしないだろ?俺を嫌いになれる。」



違う。そんなんじゃない。そんなのただの言い訳だ。
ただ、俺がこうでもしないと踏ん切りがつかないだけだ。全部、自分可愛さでしたことだ。



「俺は悪い男だよ。」

自嘲気味に言う俺の言葉を、キロスはただ黙って聞いていた。



END





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