小さな恋人  




食後のデザートにさくらんぼを食べている時だった。

宙を見ながら口をもごもごさせている彼女。同じさくらんぼを食べているにしては、随分と時間がかかっている。
真相を尋ねようと口を開くと、小ぶりな手のひらをこちらに向けて『待った』をかけられた。と、その瞬間、彼女の眉間にらしくない皺が寄る。
次いでその口から出したのはさくらんぼの茎の部分だった。



「…ダメだった。」



その一連の様子でようやく事態を把握した俺は思わず噴き出した。



「スコールひどい。」
「ああ、悪いな。」



不服そうな言葉にさして悪いとも思わぬまま、とりあえず体裁だけ保つべく謝っておく。

リノアはいわゆる「口の中でさくらんぼの茎を結べるか」というやつをやっていたようで、彼女が今しがた自分の手に出した茎には、曲げられた、いや、むしろ噛み切られる寸前のような危うさで一本の茎の中に何ヶ所も悪戦苦闘した痕跡が残っていた。



「リノアが不器用なのは手先だけじゃないんだな。」
「もーっ!これ、どれだけ難しいか知ってるの!?」
「難しいのか?」
「やってみたらわかるよ、スコール。」



差し出されたさくらんぼ。
今朝、リノアがシュウからもらってきたそれは、何でも西洋でよく食べられている品種のものらしい。
太陽の下、手塩にかけられてぬくぬくと育ったのだろう、果肉がたっぷり詰まっていそうな赤い宝石は今にもどこからか裂けてしまいそうなほどに丸みを帯びていた。つやつやとしたそれを手に取ると、茎だけ口先から出したままで、本体だけを口に含む。
リノアはその様子をまじまじと見ている。
まずは丸い果実に歯を立てた。ぎっしりと詰まった果汁が溢れ、口内に広がる優しい甘みとほんの少しの酸味。


――美味い。
昔はフルーツなんて滅多なことじゃ口にしなかったが、リノアと過ごす時間が増すごとに、食べる機会も増えた。
(リノア曰く「乙女にビタミンCは不可欠!」であるとかなんとか…。)
以前は、「食べ物は栄養をとるための手段」と考えていたことからも、美味いとか不味いとか、味は二の次だった。食事を楽しむ、そんな人間らしい、当たり前の幸せを思い出したのはつい最近のことだ。



俺は味わったさくらんぼを食べきると、口の中に残った種を捨てる。
ここからが本番だ。口先で咥えていたままだった茎を口内に入れて、リノアの挑戦を受けて立つ。

結果は――――、



「あーん!なんでー?!」
「なんでも何も…。」
「さてはスコール!実は練習したことあるでしょ!」



あらぬ疑いをかけられ、そんなわけないだろ、というツッコミを心の中でしながら、俺は自分の手のひらに転がる茎に目をやった。
その茎の中心には小さな結び目が一つ。
目の前のお姫様は俺が呆気なく課題をクリアしてしまったことが大層気に食わなかったらしい。苦虫を噛み潰したような顔をした彼女の頭を撫でてやる。



「どうだっていいだろ?結べようが結べまいが。こんなこと出来ても何の役にも立たないさ。」



これで渋々納得するか、あるいは意固地になって反論してくるかと思いきや、思いがけない反応が返ってきた。



「だ…だって、」



少し俯きぎみの顔は何故かさっき食べたそれと似た色に染まっている。
容認するでも反抗するでもなく、何故照れたような反応をするのか。突然のことに俺の頭はついていかない。
いつだって相手の先を読み、行動するSeeD。俺もまた例外ではなく、そう訓練されてきたはず。それなのにいつも彼女の反応は容易く俺の上をいくのだ。



「彼女がキス、ヘタなんて…やでしょ?」



上目づかいで同意を求めるリノア。

…やでしょ?って、いや、そもそもいつキスの話になったんだ?
さくらんぼの茎の話だったろう?

俺の返答が遅かったためか、状況が飲み込めていないことを理解してくれたらしい。彼女は助け舟を出してくれた。



「ほら、聞いたことくらいあるんじゃない?さくらんぼの茎を舌で結べる人はキスが上手、って。」



言われてみればそんな話を聞いたことがあるようなないような。よしんば聞いたことがあったとしても、任務にとても関係するとは思えないその情報はすぐにデリートしてしまったのだろう。



「そんなにキスが上手くなりたいのか?」
「そ、そりゃあ…下手よりは上手いほうが、ねぇ?」



目線を俺から逸らして言うリノアに、俺の悪戯心が起きあがる。
隣に座る彼女の肩に腕を回し引き寄せると、もう一方の手で顎を固定する。あっけに取られて口をうっすら開いたままの唇を親指でなぞり、そのまま口付けを落とした。



「ちょ…っ、んん…。」



隙間から潜り込ませた舌でリノアのそれを捕える。いつもより少し乱暴に始まったキスに最初は戸惑っていた彼女も段々応えてくれる。そんな彼女で十分すぎるというのに、本人は全く分かっていないようだ。
俺は名残惜しくその唇を離すと、潤んだ瞳が視界に入る。



「何でそんなに上手くなりたいんだ?」
「それは…、」
「そもそも他の奴としたこともないからな、上手か下手かなんて分からないぞ。…そんな技術より、気持ちが大事なんじゃないか?」



こんな場面での俺の発言にしては珍しく的を得ていると思う。
しかしそんな意見にも納得がいかないのか、リノアは「それはそうだけど」と呟きながら、抱き寄せていた腕の中でもぞもぞと動いて体勢を変えた。
真横からの不意打ちは少し無理があったようだ。やがて自分にとって心地良い場所を見つけると、俺の首に腕を回してきた。
顔と顔の距離は取ったままで、少し拗ねたように唇を尖らせる。
そんな状態でリノアは爆弾を投下してきた。



「…キスだけでも、もっと気持ち良くなってほしいんだもん。」



そこで俺のたがが外れてしまったのは仕方がないと思う。
潤んだ瞳に俺の体に沿う柔らかい肢体、みずみずしくふっくらとした唇はまさにデザートみたいで。
細い腰を引き寄せ、彼女の耳元近くに自分の唇を寄せた。そして囁く。



「――なら、練習あるのみ、だな。」



まるで、さくらんぼ。
というよりもアメリカンチェリーくらいに真っ赤に染まったリノアの唇を塞いだ。





END
(甘い果実を召しあがれ)

小さな恋人=さくらんぼ(桜桃)の花言葉



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