「食パンと牛乳買ってきて?」
久しぶりの休日。
連日の任務で疲れてはいたが、夕食の準備をしてくれている彼女へ、いつものように何か手伝いたくて声をかけたら、こんな言葉が返ってきた。
「分かった。すぐ戻る。」
「スコール、ちょっと待って。」
「…?」
「明日の朝食の分だから急がなくていいよ。」
「……ああ?」
「………その顔!もうっ、分かってないな〜?」
水玉柄のエプロン姿の彼女が頬を膨らませた。
一体この短い会話の中に何を察しなければならなかったのだろうか。
「な、何だ?」
「スコールはね、任務とか、しなきゃいけないことばっかり見すぎなんだよ。たまには空見上げて、ゆっくり歩いていくのもいいものだよん。」
口角をあげた彼女はそう言った。
***
行先はバラムの街中にある小さなスーパー。
近場ということもあり、リノアのアドバイス通り歩いていくことにした。
目まぐるしく過ぎていく毎日の中で久しぶりに感じるゆっくりとした時間。ゆっくりとした歩み。
こんなにも遅いペースで歩いたことがあっただろうか。
夕日が眩しくて、目を細める。オレンジ色の温かい光が空の青と雲の白に折り重なって、水彩で描いたような滲んだ空。
少し遠回りして浜辺を歩けば、周りの静けさの中で波の音が響く。透き通った海水が寄せては引いて、時折海藻を運んで落としていく。
不意に立ち止まり、視界を閉ざしてその音だけに意識を集中させてみれば、先程まで疲れたと不満を漏らしていた心が洗われて綺麗になっていく気がした。
…確か波の音は産まれる前、胎内で聞く音に似ている、と聞いたことがある。母なる海、とは上手い表現をしたものだ。
瞼を上げて、再び歩き出す。白い砂浜に綺麗な貝や小さな生き物たちが蠢く姿が見える。それを踏まないように避けながら、このバラムの海は『世界の美しい海10選』に選ばれたとリノアが言っていたことをぼんやりと思いだした。
スーパーに辿りつくと、まずはパン類のコーナーへ足を進める。
視線を彷徨わせ、よくリノアが買っている種類のものに目を留める。値下げのシールと、賞味期限が近いため、という小さなポップが貼ってあるそれを迷わず手に取ると、いつの間にか同じものに手を伸ばしている若い女性が隣に居ることに気が付いた。
俺が先に取ったのを見て、すぐに手を引っ込めてしまう。
「あっ、ごめんなさい。」
「いや…別に…。」
どうやら欲しかったらしい。
そのまま立ち去ろうとする彼女を引きとめ、無言で食パンを差し出す。
「そ、そちらさまが先に取ったので…ど、どうぞ…。」
怯えているようだ。…こういう時、己の表情の硬さを恨む。
なんと言えば彼女が受け取ってくれるか思案して、
「……探していたものとパッケージが似ていたんだが……違ったんだ。だから、俺は、いい。」
愛想も何もない言い方だったが、相手は安心したのだろう、ようやく微笑んで「ありがとうございます。」と言って受け取ってくれた。
何となく気持ちが温かくなる。
適当な食パンをカゴに入れ、次は飲料売り場へと向かう。
(牛乳1本だったよな…。)
これもまたいつも飲んでいるものを選び取ってカゴにいれ、レジに向かおうと身を翻した。その先に幼い女の子が一人。
一生懸命背伸びして、小さな手を伸ばしている。…上の段のジュースが取りたいらしい。
辺りを見回すが保護者らしき人も見当たらない。
「…何が取りたいんだ?」
近づいて声をかけてみると、二つ結びの柔らかそうな髪を揺らして女の子がこちらを見上げた。そして目的のものを指差す。
「あれ…、ちょこばにゃな、じゅーしゅ。」
「…これだな。」
舌足らずな喋りが可愛らしい。
思わず口角をあげてそれに手を伸ばした。が。
「だめっ!」
突然の声にびくり、と手を止める。
「すーちゃんがとるのっ!」
ぷんぷん、と頬を膨らませる様子は出掛け際に見たリノアの表情のようで、また頬が綻ぶ。
「悪かった、ごめんな。」
視線の高さを同じくらいにまで屈むと、女の子―――すーちゃんの頭を撫でてやる。
そして、その体を抱き上げた。
「うわぁ…!」
「ほら、取れ。」
「う、うんっ!」
お怒りの表情から一変、まるで花が咲いたみたいに笑顔になるすーちゃんを微笑ましく思いながら、無事に小さな手がジュースを得たことを確認して下ろしてやる。
「しゅごいね!おにーちゃん、おっきーね!!」
「…ああ、そうだな。」
興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせるすーちゃん。その名前を呼ぶ声が少し離れたところから聞こえた。
「あっ、おにーちゃんらっ!」
小さい足が駆け出して売り場の角を曲がっていく。それを見送り、自分もレジへ向かおうとすると、間もなくしてズボンの裾が引っ張られた。
振り向くと、先程の女の子とどこか似た雰囲気の少年。下に目線を落とすと、今しがた見送ったばかりのすーちゃんの手に俺のズボンの裾が握られていた。
「あの、妹が、お世話になったみたいで…ありがとうございました。」
「…俺は何も…。」
首を横に振ると、そんな空気をものともせずすーちゃんが喋り出す。
「おにーちゃん、全然おっきさちがーう。」
「ば、ばか!あたりまえだろ!」
まだ10歳に満たないくらいの少年は妹の指摘に苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
それに少しだけ笑うと、二人の兄妹の頭を撫でた。
「すーちゃんのお兄ちゃんも今からもっと大きくなるさ。な?」
「あったりまえだ!見とけよ、スミレ!」
ハツラツと握りこぶしを作る兄と、キラキラと期待の眼差しを向ける妹。
「ほら、スミレも。ちゃんとありがとうって言っとけ。」
「おっきいおにーちゃん、ありがとお!!」
お礼に満面の笑みを受け取った。
何となく楽しい気持ちになってくる。
そのままレジで会計を済ませて外に出ると、夕日は殆ど沈みかけていて、頭の先だけが僅かに飛び出していた。
と、そのすぐ傍の段差で腰に手を当て座り込んでいる老人がいた。
「…どうか…されましたか?」
「ああ…買い物をしすぎてしまってなぁ…ちょっと休んでいるんだよ。」
白髪のおじいさんの額には汗。この暑い季節、身体はだいぶ堪えてるに違いない。
その横には小柄な身体に不釣り合いな大きな紙袋が3つ鎮座していた。
「持ちますよ。」
「良いのかい?」
「はい。家はどちらですか?」
「ティンバーだ。そこの駅まで送ってもらえたら助かるよ。」
3つの紙袋をひょいと持ちあげる。確かに老人が持つには随分と重い荷物だ。
おじいさんが壁に手を添えて立ち上がったことを確認すると、歩幅を合わせながら、駅に向けてゆっくりと歩き出した。
「すまんねぇ。」
「いえ、これくらいなんてことありません。気にしないでください。」
「…この辺のもんか?」
「…ええ、今はバラムガーデンに。」
「もしかしてあんた…!SeeDかい?」
頷くと、老人の顔が明るくなる。
話を聞けば、以前バラムガーデンで働いていたらしい。
学園長よりも年上ということで、創立後ほんの少ししか教壇に立つ機会はなかったそうだが、そこで未来のSeeDとなる子どもたちと触れあったことは今でもいい思い出だと語っていた。
その最中、荷物を持つ手を少し開き、そしてまた握りなおすと、おじいさんが眉を寄せた。
「すまん、重いだろう?」
「大丈夫です、これもトレーニングです。」
冗談交じりに言うと、相手の眉間の皺がとれてホッとする。
「ところで…何をこんなに買ったんですか?」
沈黙もまずいだろうと、気になったことを問いかけてみると老人が口角をあげて頬の皺を寄せた。
「二人目の孫が産まれてなぁ。」
「それはおめでとうございます。」
「有難う。…ここは海も綺麗だからね、海産物や貝殻を使ったアクセサリーのお店、いろいろと土産屋が豊富だろう?」
「ええ。」
「だから子どもたちに買っていってやろうと思ったらこの有様さ。いやぁ、歳は考えなきゃならんな。」
苦笑いを浮かべるおじいさん。
「…きっと喜びますよ。」
そう言うと、嬉しそうに目を細めた。
そこでちょうど、駅に到着する。
「あと5分もすればティンバー行きの列車が来ますから。」
「至れり尽くせりにすまないね。」
「いえ、…ティンバーからは大丈夫ですか?」
「ああ、娘夫婦が迎えに来る予定さ。」
「それなら良かった。では、俺はこれで。」
駅長に荷物を運んでもらうよう伝え、老人に会釈した。
しかしすぐに呼び止められる。
「これ、若いもん。」
「…はい?」
「持っていきなさい。」
渡されたのは紫色の小花が溢れた小さな花束だった。
「い、いや、でもこれは…。」
「随分と時間を浪費してしまったからね、ティンバーに着く前に枯れてしまっては可哀相だろう?」
そう言われてしまえば他に断る理由も見つからず。俺はおじいさんから花束を受け取った。
「良い目をしておる。…君に幸あれ。」
老人は笑みを零すと、到着した列車に乗り込んでいった。
花束が風に揺れ、優しい香りが鼻腔を擽る。
何となく、嬉しくなってくる。
人からこんなにも続けて礼を言われるようなこと、今まであっただろうか。
既に日が沈んで暗くなった道。
この柔らかい気持ちを早く彼女にも伝えたい、そう思いながら、さすがに待ちぼうけしてるであろうリノアの元へと歩き出した。
***
「おかえりなさい!」
「ただいま。待たせてすまない。」
胸に飛び込んできたリノアが居たのは学生寮の入口だった。
「ううん、ゆっくりって言ったのわたしだし。…ねぇ、スコール。何かあった?」
「え?」
「なんだか凄く嬉しそう。出ていくときは疲れてる顔してたのに。」
彼女には何でもお見通しらしい。早速のことに、頬が緩んだ。
手を繋いで歩き出す。
「いろいろ…あったんだ。」
「たくさん幸せ持って帰ってきたんだね、その話聞きたいな。」
「ああ、俺も、聞いてほしい。」
微笑む俺に、はにかむ彼女。
彼女の笑う顔を見られることが幸せだ。触れあえることが幸せだ。
「ごはん、食べながら、ね!」
ちょうど俺の部屋の前に辿り着いたとき、リノアのお腹の虫が鳴りだしたことにまた二人で笑って。
疲れてたなんて、それは夢の中だったんじゃないかとすら思う、穏やかな時間。
「ね、早く早く。開けて?」
「ああ?」
扉を開くことを促すリノアに首を捻りつつ、カードキーを翳した。
「「「「「スコール!ハッピーバースデー!」」」」」
開いた扉の先に、鳴り響くクラッカーと賑やかな声。
―――みんなの、笑顔。
俺は噛み締めた。
これが幸せだということを。
誰かと触れ合い、誰かと笑いあう。笑顔が見られる、それだけで人は幸せを感じることができるのだと。
気づくきっかけがあるだけで、日常に転がる何かが幸せの瞬間になることを。
<
挿絵>
END
-----------おまけ-----------
「これを、貰ったんだ。」
「あ、かわいい!それに、良い匂い。」
「だろ?」
「でも…この時期に珍しいなぁ。」
「珍しい?」
「確かこれ、普通なら5月くらいまでに咲くお花だよ。」
「そうなのか…。」
「スミレっていうの。」
「スミレ?」
「うん。花言葉はね、『小さな幸せ』。」
お題:笑顔
Written by.KilaChime* あおい
Squall's Birthday2013
「騎士祭」提出作品
お題配布元:FF8 Character's Party様
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