時刻は午前11時。
街中には昼前の買い物に勤しむ主婦たちと携帯電話を片手に営業しているサラリーマンばかり。いつもは夕方以降の学生の帰宅ラッシュや、はたまた休日の昼間の賑やかな時間帯にしか通らないこの道がどこか違う場所に感じる。
わたし達はあのまま抜け出して、学校近辺の脇道を歩いていた。
『あれ可愛い』とか『これ面白そう』とか…あちこち見てまわるわたしの横で、半ば呆れたような視線を向ける彼。いつものように額に手を当て溜息を零すと、口を開いた。
「あんた…いくらなんでも無茶な演技しすぎだ。」
「エヘヘ。女優でしょ?」
彼の言葉が示す先は先程の授業でのこと。それを汲み取ると照れたように頭を掻いてみせる。
「…とりあえず。間違いなく先生にはバレてるな。」
「あ、やっぱり?」
授業をしていた先生、キスティスも最初こそ狼狽えた声をあげたとはいえ、その後にどうやら状況を把握したらしく、わたしが教室から運ばれていく頃にはやれやれといった表情へと変化していたことを思い出す。
もはや止めても無駄だと悟ったのだろう。
わたしだって今日のあれは我ながら思い切ったなって思ったんだよ?
だけど久々だったんだもん。
「…しかも本気で倒れようとしただろ?俺が支えなかったら本当に病院行きだったかもしれないんだぞ。」
「スコールなら絶対受け止めてくれるって信じてたからね。」
呆れてる呆れてる。
今日何度目か分からない溜息が聞こえた。
「せっかくこーんなに晴れてるんだし!最近まで雨ばっかりだったじゃない?だからね、スコールと一緒に歩きたかったんだ。」
後ろ手を組んで彼の顔を覗きこむと、仕方ないやつだな、と呟いて頭を撫でてくれた。
そうしてしばらく街中を散策したあとは、わたしの提案ですぐそばのゲームセンターに立ち寄った。
スコールが取ってくれた、クマのぬいぐるみのキーホルダーを携帯に取りつけながら、目一杯の笑顔でお礼を言うと、赤くなった顔を逸らしてしまう彼。
―可愛い。
「そろそろ昼休みの時間だ。帰るぞ。」
照れ隠しにそう言って、ゲームセンターの出口をくぐる。と同時に目に入ったのは、道路を挟んで向こう側にいた警察官。自転車を押しながら街の安全を守るべく、見回りをしているようだ。
わたし達は顔を見合わせて、自分達が制服だったことを思い出す。
そしてその警察官もわたし達の存在に気付いたようで。
……となれば、やる事は一つ。
「逃げるぞ」
慌てて自転車に飛び乗る警察をちらりと横目で見、彼の声を合図にわたし達は走り出す。
いつの間にか握られていた手を離さないように、しっかりと握り返しながら。
***
平和な街だったこともあり、あの警官もきっと油断していたのだろう。近道を通ったわたし達は幸い何事もなく、学校まで辿り着いた。
遠目だったから、わたし達の顔も分からなかっただろうという事で安堵する。
「なんか…青春、だったね。」
乱れた息を調えながら、彼を見上げる。
「あの逃走がか?」
「うん。」
わたしの言葉に、息切れ一つしていなかった彼が吹き出した。
学校にバレたら大変だったんだぞ、なんて言いながらも、顔は笑っている。
「脳天気な奴だよな。」
「ボジティブなだけです〜。」
呟いた彼に隣で文句を言いながら、校内へ歩みを進める。
ーー昼休みを告げるチャイムがわたし達の帰りを出迎えた。
(あんたが笑うなら、こんな青春も悪くない)
END