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※告白五カ条「10.告白」の後日談。






[告白五カ条 番外編] 辞書にライン







女とは。
気持ちで繋がっていたいと強く願う生き物。それが実感できなくては、心は不安の闇に覆われてしまう。時にプライドが高く、時に我儘で、それゆえ素直にその気持ちを表すことができない。
そして女は、遠まわしに試したくなってしまうのだ。相手の心が、自分の心に向いているのか。自分は愛されているのか。だが、同時に感じるのはそんな自分の心の狭さに対する自己嫌悪。気づいてほしい、でもこんな自分を見て嫌われてしまうのが嫌だと。
彼女もまた、そんな女の一面を持つ一人だった。





***





ずっと想い続けてきた人と気持ちが通じ合って2週間。
リノアは今日も自分の部屋のベッドの上で携帯電話と睨めっこしていた。もはや毎日の日課とも言えるそれは、結局何の動きもないまま、睡魔の到来によって幕を閉じる。



(今日も連絡なしかぁ…。)



リノアは布団を深くかぶった。携帯を握りしめて目を閉じる。こうしていればいつ連絡が来たって、いくら寝ぼすけな自分だって気づくはず、そう思うものの、それは毎朝無駄であると思い知らされるだけなのだが。

想いが伝わって数日間はリノアから他愛もない連絡をしていた。それはメールであったり電話であったり。
しかしある日思った。もし自分が連絡をしなくても、彼から何らかのコンタクトが来るのだろうか、と。そしてメールをしたい気持ちを抑えて1週間が経つが、彼からは全く何の音沙汰もない。多分、今日も。

学校ではもちろん授業以外の接触は避けていた。彼も、リノア自身も。
アイコンタクト、なんて器用なこともお互いせず、まるで赤の他人のよう。
想いが通じ合ったなんて、あの日のことは全て夢だったのではないか。本当は彼は自分のことを想ってなどいないのではないか。
思い返せばあの日、決して「好き」だとか「付き合おう」だとか、そんな言葉は何一つ口にしていなかった。明確なものがなく、曖昧な関係。それがリノアを不安に陥れていた。





***





「はい、『生徒』からの預かりものよ。」
「…人違いじゃないか?」
「いいえ、あなた宛てよ、レオンハート先生。」



昼休み。
職員室の自席に座るスコールに渡されたのは英語の辞書だった。
自分の担当する教科と全く関係のないそれに眉を潜めて、目の前に立つ相手―――キスティスの顔を見上げた。



「どうするかは勝手だけど、ちゃんと確認してちょうだい。そうしたら私がまた預かって返しておいてあげるわ。」



意味深な言葉に少し思い当たったスコールが頷くと、キスティスは微笑んで真向かいの席に戻っていった。
スコールは辞書を開く。何か手紙でも入っているのかと裏返しても見るが何もない。適当にパラパラと捲っても、所々黄色いマーカーでチェックがつけられていたり、馴染みのある丸い字のメモがちらほら見えるだけ。



(なんだっていうんだ…?)



謎が解けずに何度かページめくりをしたところで、スコールはようやくその手を止めた。ページのところどころに、黄色以外のマーカーが引かれていることに気がついたからだ。

線はピンク。色づけされたのは3つの例文。
スコールはそれを順に見てゆっくり溜息をつくと、片手で額を押さえ、そのまま少しの間考えを巡らせた。そして、同じ色のマーカーを手に取った。





***





スコールとリノアの関係を知る数少ない者の一人、キスティスにアドバイスされるがままに取った行動。その返答が載った自分の辞書を抱えて、放課後、リノアは西門にいた。
バラム学園の西門は住宅街とは正反対で、校舎からも少し距離があるため、あまり使われていない。ましてや部活動生も下校時間を過ぎたこの時間に通る者はほとんどいない。

リノアは抱きかかえていた辞書の「W」のページを開いた。

waitの例文にピンク色が引いてある。
『It is waiting in the west gate at 7 o'clock.(7時に西門で待っている。)』

これが彼からの答えだった。
探してみたが、他にはなかった。

リノアからのメッセージは3つ。
I want to see you(わたし、あなたに会いたい)
I just miss him(寂しいわ)
I am sorry for being selfish(わがまま言って、ごめんなさい)

これらもまた、全て例文である。
メールを自分から送るのは、今更だとプライドが邪魔をする。でも自分の気持ちに気付いてほしい、それならこうして辞書の言葉を借りて伝えてみてはどうか、これなら口下手な彼も素直な気持ちに目印をつけることができるかもしれないし、という作戦だった。

しかし、「俺も会いたい」というような期待していた答えは見当たらず、リノアは少し後悔していた。こんなやり方で気持ちを伝えるなんて、やはり自分は面倒な女だったろうか、と。



(やっぱりつきあえない、なんて言われたらどうしよう…。)



胸の奥の方がきゅっと締め付けられるような感覚に、リノアは唇を噛みしめた。
と、その時近づいてきたエンジン音にリノアはハッとして顔をあげた。目の前に青いボディの車が停まる。助手席の窓が開いたかと思えば、奥の運転席に見えるのはスコール。
「早く乗れ」とそれだけ言われ、リノアは辺りに人がいないことを確認しつつ、急いで乗り込んだ。





***





無言が続く。ラジオも、CDもかかっていない車内にはエンジン音だけが響いていた。
30分ほど走っただろうか、やがて辿り着いたのは少し山の上の人気のない公園の駐車場だった。
車を降りて、外灯の少な暗い道を促されるままについていけば、公園の脇から草をかき分けて先に進む。
少し歩いたあと、ようやく視界が開けた。



「わぁ…!」



広がっていたのは夜の街にきらきら光るネオン。申し訳程度の低い柵まで傍に寄ったリノアはその光景を見て感嘆の声を漏らした。



「あんた、こういうの好きだろうと思って。」
「うん!すごいきれい!素敵…!」
「良かった。」
「なんか意外だなぁ。」
「何が?」
「こんな素敵な場所知ってるなんて。」
「俺も来たのは初めてだ。…アイツ、いや、父さんが母さんをよく連れてきてたらしい。記憶を頼りにきたんだが…着けて良かった。」



そこで一息つき、そしてスコールは再度口を開いた。



「聞かせてくれないか?あんたの口から、あんたの気持ち。」



リノアの動きが一瞬止まる。少し目を泳がせたあと、数歩柵から離れて、地面に座り込んだ。スコールがその隣に腰をおろす。
ふっくらとした唇から、この2週間で感じていたことをゆっくりと吐き出していく。
想いが通じ合った、そう思っていたのは自分だけじゃないのかと怖くなったこと、自分からばかり連絡して、スコールが煩わしいと感じているのではと不安になったこと、プライドが邪魔をするからこんな方法でしか気持ちをなぞることが出来なかったこと、そんな本音を零していった。
その間スコールはただ黙って聞いていた。全てを話し終えた頃、リノアの頬は涙でぐっしょりと濡れていた。



「……ごめんなさい。」
「どうして謝る?」



スコールは胸ポケットからハンカチを取り出すと、その頬を拭っていく。



「こんな風に言えば言うほど、自分って重い女なのかなって思って嫌になるの。」



伏し目がちに言うリノアにスコールは微苦笑しながら小さな頭を撫でた。



「…悪かった。俺も、分からなかったんだ。付き合う、って言っても俺、どうすればいいのか。”普通”どれくらいの頻度で連絡を取り合うものなのか、”普通”みんなどんなことを話しているのか、何が正しいのか分からなかったんだ。」
「…先生。」
「とりあえず、あんたが不安に思っていることは何一つ当たってないから安心しろ。俺は、何とも想っていないやつをこんなところに連れてこれないし、それに、」
「…それに?」
「―――リノア。」



リノアはこれでもかというほど目を見開いてスコールを見た。そして少し遅れて頬が紅に染まる。



「何とも想っていないやつを、こんな風に呼ばない。」



突然のことに嬉しさと恥ずかしさが入り混じり、リノアは心臓が飛び出るかとさえ思った。慌てて反応を返そうとするものの、その言葉も覚束ない。



「そっ、や、…ず、ずるいよ、先生の馬鹿。」
「ああ、馬鹿で結構。…ただ、ひとつ訂正な。」
「え?」
「俺は今、”先生”じゃない。」



スコールは隣の彼女との間を更に詰めると、リノアの身体を抱き寄せた。リノアもそれに応えるようにスコールの腰に手を回す。



「あのっ、す、すこ、す。」
「ぶっ、どもりすぎだろ。…あんたはいつも呼んでたろ?それから”先生”を引くだけだ。」
「ううっ、人の気も知らないで…。もうっ!笑いすぎ!」



小刻みに揺れる背中をリノアが叩いた。



「スコール、の馬鹿。」



リノアはか細い声でそう言うと、りんごのような顔を見られまいとスコールの胸に顔を埋めた。



「普通、なんて、どれが正しいか、なんて、ないんだよ。」
「…ああ。」
「いつでもいい、内容だってなんでもいい。スコールから連絡くれたらわたし、もっともっと、嬉しいよ。」
「分かった。」
「わたしもくだらないメール、してもいい?」
「ああ、もちろん。」



スコールの頷きに、リノアは広い胸の中で破顔した。



「…”リノア”。」
「ん?なぁに、”スコール”。」
「…好きだ。」



きゅっと、胸がしまるような気持ちがした。止まったはずの涙が再び浮かび、リノアは改めて想いが通じ合ったことを実感した。



「今度の休み、遊びに行くか?」
「…うん!行きたい!」



目尻の滴がネオンの光を反射してきらりと光る。リノアは今日一番の綺麗な笑顔で微笑んだ。









(不器用に不器用に、伝えてく)




END



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