大きく分けて問題は2つ。
一つは、レオンハート先生が「先生」で、リノアが「生徒」であること。
どうしたら恋愛対象に入れてもらえるか。
二つ目は、先生の今の女性関係。
どうやら結婚はしていないようだが、恋人や好きな人が居てもおかしくない。
さぁ、わたしの恋敵はどこにいる?
「ねぇ、セルフィ。どうしたらいいと思う?」
「リノア本気なんだね〜。」
休み時間。
二人の少女が机越しに向かい合わせになって恋愛会議を開いていた。
机に頬杖をついている笑顔のセルフィと、腕組をして深刻な表情を浮かべるリノアという組み合わせは、端から見れば奇妙な光景だろう。
「だってね…自分でも驚くくらい、どんどん好きになってくのが分かるんだもん。…先生が来てまだ2ヶ月だよ?なのに、いつの間にか目で追いかけてて…新しい一面を見つけたら嬉しくって。」
「リノアか〜わいい〜。」
セルフィは、指先で恋する乙女の頬を突つく。
「んもうっ、からかわないでよ。」
「アタシも分かんないけどさ、とにかく一緒にいる時間を少しでも増やす!!結局これに限るんじゃない?」
「そう…だよね。ただでさえ一緒に居られる時間って少ないし。」
月並みの提案とはいえ、親友に感謝する。悩んでいても想い人と時間を共有することはできないのだ。
何度も頷けば、頑張ろうという気が起きてきた。
「それで、相手を知ること!それから自分を相手に知ってもらうこと!」
「うん!セルフィ良いこと言うっ!」
再度己の意志を確認したところでハイタッチを交わせば、ちょうど授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
今日の授業はこれで最後。
これを乗り切れば、放課後の勉強会と称して会えるのだ。スコールに。
昼休みに交わした約束を胸に、リノアは前を向くのだった。
***
「う〜、う〜〜。なんでこれが…。だってもう、違う違う…。ん〜。」
「…………。」
必死に頭を抱えるリノアの目線の先にあるのは、意中の先生…ではなく、数式。
「…おい。」
「えっ?」
突然かけられた呼びかけの言葉。
リノアははっとして隣のスコールへと顔を向け、首を傾けた。
「声。」
「え?あ、もしかして口に出して…ました?」
(ああもう。わたしってばドジばっかり。)
心の中で唸っていたはずの声がもれていたことに気がつき頬が熱くなった。
「で?問題はギブアップか?」
「その通りです!先生!」
ようやく助けが来そうな展開に表情を明るくすると、自信満々にギブアップするなよ、と苦笑された。
「だーって難易度高すぎるんだもん。」
「全部授業でやったことだろ。」
「それだけで分かる人もいれば分からない人もいる。人間いろいろなんだぞ?」
「…分かった分かった。ほら続きやるぞ。」
「はぁい。」
苦手な数学もほんの少し楽しくなるような、そんな幸せな時間。
夕日が顔を出していることにも気がつかなかった。
***
日が落ちるその頃。
「終わった〜〜!!」
「終わった…………。」
大きく伸びをして清清しい声をあげる少女とは対照的に、疲労漂う声を漏らしたスコール。
笑いながら一言御礼を言えば、彼は何も言わず頷いた。
「ね、レオンハート先生。」
「…………なんだ。」
「先生ってコーヒーブラックで飲めるんだね。」
リノアの右隣に座るスコール。
彼の右手の傍にあるマグカップに目線を移しながら言う。
「…あんたも大人になれば飲めるようになるさ。」
コーヒーを貰うべく手を伸ばすと、思っていたよりも隣との距離が近く、胸が高鳴る。取り上げられるかとも思ったが、何の抵抗もなくマグカップはリノアの手中におさまった。
何の変哲もない、陶器で出来たマグカップ。
真っ黒な表面には、白…というより灰色くらいの色味でライオンが彫られており、全体的に分厚く重量のあるそれはリノアには少し大きすぎた。
うるさい心臓を無視して少量のコーヒーを口に流し込めば、広がる苦み。リノアは思わず眉を寄せる。
「う〜〜、、これを美味しく感じるようになるの?まだまだ先の話かも。あ、でもでも!砂糖とミルク入れたらちゃんと飲めるんだからね!」
「それはブラックとは言わないけどな。」
「ぶー。」
唇を尖らせていれば、頭をぽんと一撫でされた。
きっと何気ないつもりなのだろう。でも、それは恋する女の子にとって殺し文句ならぬ、殺し動作だった。
明らかに体温の上昇した頬を隠したくて軽く俯く。
「子供だな、あんたは。」
(子供…かぁ。)
きゅんとしたり、ずきんときたり。
恋する乙女の鼓動は正直で。
リノアは昼休みの出来事へと話題をすり替えた。
「そういえば、今日の卵焼きおいしかったよん。」
「…それは良かったな、盗人カーウェイ。」
「あ、ひどい、その呼び名。」
「本当のことだろ。」
ぶっきらぼうというか無愛想というか。
表情を変えずに淡々と話すその様子は、きっとポーカーが得意なんだろうとぼんやり頭の隅で考えた。
「あ、あの卵焼き、味付けって何ですか?」
砂糖でも塩でもない気がして、と言葉を添えながら首を傾けると。
「…だし醤油。」
『無愛想な先生』には何となく似合わないその単語に吹き出しそうになりながら、これがスコールの好きな卵焼きの味だと頭の中で反芻する。
(今度作ってみようかな。なんて。)
そんなリノアの様子を何がおかしいか分からないといった表情で見るスコールだったが、徐々に暗くなってきた外の景色に気がついたのか、席からゆっくり腰を上げた。
「そろそろ帰れ。」
「えー。」
「えーじゃない。」
渋々と机に散らかったものを片付けて立ち上がると、リノアはもう一つ気になっていたことを確かめるべく口を開いた。
「卵焼きと言えばだいたい塩か砂糖で味付けする人多いよね。だし醤油って…もしかして彼女から教えてもらった、とか?」
ちぐはぐな質問だが、情報収集のためだ。仕方ない。
少し躊躇いながらも、あくまでも明るい表情を保って、何気ない風を装って。
教室から出るスコールの後に続いてリノアも足を前に進める。
斜め前を行く彼の横顔をまっすぐ見つめた。
会話の間があく。その間が、死刑宣告を待っているようで怖い。
何故いつもよりも応える声の間隔が長いのか。それともリノアだけがそう感じているのか。
――もし。
(彼女がいたら?わたしは、どうするの?)
諦めるのか。それとも…――。
「母親だ。彼女なんていない。」
ようやく返ってきた言葉にほっと胸を撫で下ろす。
しかし、そのあとに続けて軽い気持ちで尋ねた問いの答えこそ、まさか彼女にとっての死刑宣告になるとは思いもしなかった。
「へぇー。先生かっこいいのに。彼女、つくらないんですか?」
「必要ない。居ても邪魔なだけだ。興味もない。」
今度は間を置かず、すぐに戻ってきた答え。
それ以上何も言葉が思いつかなかったリノアは、ただ想い人の後をついていくのが精一杯だった。
想定していた「彼女」という存在ではなく、敵は予想外のところにいたようだ。
そもそも「恋」に興味のない人を相手に、勝ち目なんてあるのだろうか。
a rival in love
(攻略本に載っていればいいのに)
END
だし巻き卵を知らないリノアさん。
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