気持ちを認めたあの日から。
リノアは持ち前の明るさを武器に、想い人へと突進していた。
(情けないことに、散々セルフィに後押しされてからだけど…。)
「レオンハート先生、おハロ〜!」
「……あんた、また来たのか。」
昼休みの職員室。
生徒に向ける顔とは思えないほど心底嫌そうな顔で振り向いた先生の机に問題集を置く。
「ひどいぞ、先生。"またか"じゃなくて、"よく来たな"って言ってほしいです!」
文句たらたらにリノアが机の脇にしゃがみこむと、皺を寄せた眉間に手を当てて盛大にため息をつく先生、スコール・レオンハート。この仕草は、スコールがよく見せる癖の一つだ。
「ここ!問4と問9がね、ややこしいの。」
「問4はこの前も説明しただろ。」
「この前とはちょっと形式が違うんだもん。」
(ほら、またあの癖。)
惚れた、と言っても、ぶっきらぼうで無愛想で冷たいとも言えるその彼の一体どこが好きなのか、リノア自身ハッキリと言葉で表現することは出来なかった。
しかし、こうして傍に居ると彼のひとつひとつの仕草や表情を追いかけてしまう。無愛想な対応すらも可愛く見えてくるのだ。まさに、恋は盲目。
「…お昼なんだ。後にしてくれ。」
「あ!その卵焼き美味しそうっ!」
「…聞いて、ないな。」
リノアが喋る度にため息をつくスコール。
それでも彼女はめげずに話を続けた。
「自分で作ってるんですか?」
「…まぁな。」
「すごーい、なんでこんなにキレイに巻けるんだろ。」
「普通だろ?」
手先が滅法不器用なリノアに向かって、スコールは悪びれも無く言いのけた。
自然と頬が膨らむ。
「ああ、悪い。この前調理実習の先生からあんたの不器用さについて散々聞かされたばかりだったな。」
「……普通じゃなくてすみませんねーだ。」
本当に悪いと思っているのだろうか。
それでも。
かすかに口角があがったスコールを見て、拗ねた気持ちなんて直ぐにおさまった。
彼がこの学校に来てから約2か月が経ち、最近見せてくれるようになった表情。いつも鋭い目がほんの少し柔らかさを帯びて、いつも下を向いている口角がほんの少し上がるのだ。親友も見たことないと言っていたこの顔が、リノアは好きだった。
「じゃあ、そんな不器用リノアちゃんの為に今日の放課後、お勉強に付き合ってくれますか?」
「嫌だって言っても来るんだろう?」
呆れたような目を向けたスコールに、リノアは満足げに笑って教科書を抱えた。
「えへへ、お昼邪魔しちゃってごめんなさい。」
また後で、と一言付け加えて身を翻す。
が、リノアはそのままそこで動きを止める。
訝しげに「どうした?」と声をかけられ、再びスコールの元へ歩みよったリノアは、
「いただきっ!!」
「!?」
そう言って細い指で卵焼きを一つひったくり、今度こそ職員室を後にした。
いつもよりも少し目を見開いて、不意打ちを食らったようなスコールの顔。また初めての表情にリノアの口元が緩む。
職員室を出てから、リノアはそのまま職員室の壁にもたれて廊下でしゃがみこんだ。
そこは、壁を隔ててちょうどスコールの机があるところ。
僅かに隙間があいた窓から「ったく…」という呆れた声。自分のことを考えてくれてる、そう思うとたまらなくなって手元の教科書を胸に寄せた。例え呆れ混じりだとしても嬉しかった。
今しがた奪い取ってきた卵焼きを自分の口に放り込むと、ふんわり広がる優しい味に笑みが零れる。
(おいしい。塩…じゃないし、砂糖でもないなぁ。後で聞いてみようかな。)
口をもごもごさせている、その時だった。
「スコールせんせー!」
ばたばたと数人の女子生徒が職員室へと入っていった。
そして聞こえる会話。
教科書の問題を尋ねる女の子の声と、呆れたようなスコールの声。時折からかうように笑う女子生徒の楽しげな声が、先ほどまでの自分自身と重なる。
唯一違うのは、名前の呼び方だけ。
『スコール先生』
その名前にずきん、心のどこかが反応する。
まだ、「レオンハート先生」としか呼べないリノア。そんな自分とは違い、こうもあっさりと呼べてしまう彼女たちが羨ましかった。
そう。
リノアだけではないのだ。
若くして『先生』とぃう立場にいる彼に興味を持つ女の子は。
(だって先生、カッコいいもの。だって先生は……「みんなの」「先生」なんだもの。そんな当たり前のこと、好きになったときから分かっていたはずでしょ?)
黄色い声をあげる女生徒も、恋に落ちたリノアも、きっとスコールにとっては同じに見えるのだ。
――ズキン。
これ以上聞いていられずに立ち上がったリノアは、逃げるようにその場から立ち去った。
heartbeat
(恋する鼓動って、いろんな種類があるんだね)
END