「カーウェイ、問6を解いてみろ。」
「……カーウェイ。」
「………。」
リノア、リノア!
「えっ?な、なぁに、セルフィ。」
ひそひそと自分の名を呼ぶ声に、リノアと呼ばれた少女は小さな声で応対した。
「何じゃないよー、もーんーだーい!」
センセ、不機嫌になってきてるよ!と、隣に座る親友のその一声で、ようやく自分の置かれた状況を悟る。
慌てて教科書を片手に立ち上がるが、その勢いで座っていた椅子が後ろに倒れ、教室は一瞬で笑いに包まれた。
「…えへへー、やっちゃった。」
パニック状態の内心を誤魔化すように、おどけた笑みを浮かべるリノアは、椅子を起こすと小走りで教壇へ向かう。黒板にチョークを走らせるその横で、先生の小さなため息が聞こえた。
(もう…っ、わたしのバカバカ!)
自分で自分を叱る。
授業とはいえ、せっかく教室の誰よりも、この人の近くに来れたのに。
「ヒントがほしいよ〜」なんて、先生に目配せして助けを求めることもできたはずなのに。
ただただ羞恥心でいっぱいのリノアは、相手の表情すら窺い知ることは出来なかった。
――高校2年生の夏休み明け。
産休に入った先生の代役としてやってきた新米教師の、初めての授業でのことだった。
love at first sight
(見惚れてた、なんて言えないよ)
END