付き合ってたのかは分からねぇ。
ただ…あいつが特別な存在だったのは確かだった。
あーあ、妙なこと思い出したな。
…あの日のバラムフィッシュはリノアのせいで焦げちまったが、それなのに美味く感じた。
あん時はただ単に釣りに行って、これが釣れたら絶対喜ぶんだろうなって考えてただけだったんだ。
そしたら本当に釣れたから、俺様直々持って行ってやった。…もちろんあいつのかおは笑っちまうくらいに思った通りで。
あれから色んな事があった。
あの頃の俺達はもういないのか?
―…そう考えると、胸がしまる思いがした。
と、そこで不意に名前を呼ばれ、内心焦りながら俺は振り返る。
「な……っ!?」
気づけば、大きな水音を立てて、俺は海の中へ落ちていた。いや、正確には"落とされていた"。
「何すんだ、テメェ!」
すぐに海面から顔を出し叫ぶと、加害者本人は………笑ってやがる。
しかし驚いたのは、その直後。
「ぷはっ。」
リノアも飛び込んできたのだ。
俺が呆気に取られていると、水面から出して顔を軽くぬぐったあいつが笑いかけてくる。
「へへ。これでおあいこ。」
満面の笑顔でそう言われ、俺は怒る気持ちも忘れて笑った。
「怒りの熱も冷めたでしょ?」
「ったく…その突拍子もねぇとこも変わってねぇな。」
どこか満足げな表情を浮かべたあいつは防波堤の上へ戻っていく。思わず「帰んのか?」と言うと、「帰ってほしくないのかな〜?」なんて言われたもんだから、俺は水をかけてやった。
…少し図星だったのかもしんねぇ。
「もう陽が沈んじゃうしね。」
「そうか。……じゃあな、リノア。」
滴り落ちてきた水滴を拭う。久し振りに呼んだあいつの名前が寂しい響きに聞こえたのはきっと気のせいだ。
「あんまり辛気臭い顔しちゃダメだぞ、サイファー!」
リノアはそう叫ぶと、大きく手を振って走り去っていった。
…身体の水滴が反射したせいだろうか。夕日に照らされたあいつの最後の笑顔が眩しくて、俺は眼を細めた。
***
日が沈んで辺りが紺色に染まった頃、ようやく俺はダルい身体を海から引き上げ、固いコンクリートで作られた地面へと腰掛けた。
…なんで来たんだよ。
どうせ俺を後悔から解放する為なんだろうけどよ、あのお人好し。
いつだってそうだ。あいつは人の心を解くのが得意で。
どんな奴も最後には笑顔にさせる。今日だってそうだ。無理矢理にでも明るい方へ引っ張っていく。
スコールのやつも、結局あいつには敵わなかった。
「…やり方は無茶苦茶だけどな。」
びしょ濡れの己を見て苦笑する。そして暗い空と同じ色に染まった海を見つめた。
…あいつはガーデンに着いただろうか。
ふと。誰かがいる気がして、彼女が去った方をはっと振り向いた。
―もちろん誰もいない。そりゃそうだ、リノアはアイツの元へ帰ったんだから。
静まり返ったこの場所には、波の音が響くだけ。
「…期待、してんのか?俺は。」
思っていたよりも、執着していたようだ。
らしくない自分に、思わず嘲笑を漏らす。
…もう彼女は戻ってこないというのに。
想いが、空回りしている。
「じゃーな、…リノア。」
微かな声は波の音にかき消されていった。
「…あー、くそ寒ぃ。」
そう呟きながらも、立ち上がろうとはしない。
下を向くと出してはいけない感情が溢れてしまいそうで、それが怖くて空を仰いだ。
すると、耳に入ったのは聞き慣れた足音と声。
「サイファー、何してるもんよ!」
「我探。サイファー……全身水濡。」
「ああ…あれだ。決別式だ。」
「決別式?」
零した言葉に相棒達は首を傾げている。
そう。これはある意味での決別式。
自分の青くせぇ部分への。
自分の曖昧で弱っちい心への。
なぁ、リノア。
あんな事がなけりゃ、俺らはあの頃のままでいられたんだろうか?
お前の騎士は俺だったんだろうか?
不器用で我儘で、
寝起きは悪いし、
なのに何故か人を引きつけるし、
見てて飽きねぇ豊かな表情。
そんなあいつ。
それがリノア・ハーティリー。
付き合ってたのかも分かんねぇけど。
それでも俺は
そんなあいつが、確かに好きだった。
(脆くて曖昧だった俺らの関係)
side S -END-