04.ただ、温もりが欲しかった




一生忘れない。
忘れられない赤い月を見た13年前の夏の夜。
私が死んだ日。
そして、生まれた日。



ああ、もう何回汚されたんだろう―――?



わかってる、これは夢だ。そんなの知ってる。
頭では理解してる。

『……』

自然と歩くスピードが速くなる。
後ろからついてくる足音もそれに伴って速くなる。

『……っ』

どんどんどんどん、速くなる。
でもその足音との距離は、ずっと一定間隔のままで。
思わず走り出した、その瞬間。

『きゃあっ、!』

突き飛ばされ草むらに押し倒される。
身体の上に乗っかられて、全身をまさぐられる不快感が襲った。

『―――っ!!』

わかってる……!
これは夢なんだ!!
早く覚めて早く覚めて早く覚めて……!
どうしようもない嫌悪感が身体を覆って、私が私じゃなくなっていく感覚。
悲鳴すら出ない。
出せなかった。
今も目の前で興奮を隠しきれずに息をあらげているソイツ。
私を、私の身体を見て、どうやって自分の欲望を処理しようか吟味しているんだろう。
私は目を閉じる。
これは夢なんだと、また言い聞かせる。
……大丈夫、私は強い。

『はあ、はあ、はあ……』
『……っ!』

涙が滲むくらい強く目を閉じて、血が垂れるくらい強く唇を噛んで、痕が残るくらい強く手を握りしめて爪を立てて、ひたすら堪えるだけ。
一分一秒でも早く朝が来ることを祈って、その時まで自分の醜さを嘆くだけ。



―――ああ、いつになれば私は忘れられるの?



「……はあっ!」

ベッドの上で飛び起きる。
じっとりと汗が肌に滲み、気持ち悪い。

「っ!」

またあの夢を見てしまったのか。

「はあ、はあ、はあ……」

震える腕を握りしめる。
しっかりしなさい……!
こんなことで怯えたりなんかしちゃ駄目。
私は、闘うって決めたんだから。

「……は、」

落ちつく為に水を飲もうとして、そこで初めて自分が何も着ていないことに気がついた。

「あれ……?」
「……主任」

隣から聞き慣れた声がして、やっと今の自分の状況を思い出した。
ああ、そうか。
今日は菊田と飲みに行って、その帰りに菊田の家に来て。
……付き合い出してから初めて繋がり合ったんだ。

「……起こしちゃったね、ごめ……」

菊田を見て無理矢理笑おうとすると、思わず言葉を失ってしまう。
菊田がとても悲しそうな顔をしていたからだ。

「主任は……今までずっとそんな風に、過去に一人で耐えてきたんですか……?」
「……」

菊田が私の過去を知っていたことに少し驚きながらも、無理もないかと納得する。
長年一緒に居るし、ガンテツなら菊田にも言いかねない。

「ごめん……でも大丈夫だから、」
「主任っ」

苦しそうな声で名前を呼ばれて口をつぐむ。

「俺、そんなに頼りないですか……? 恋人なのに、なんで弱音を吐いてくれないんですかっ?」
「……」
「俺は主任を愛しています。強くて弱いあなたを、愛しているんです」
「……菊田」
「……俺も一緒に、主任の過去を背負います。だから───」

その言葉に涙が一筋頬を滑り落ちた。
優しく抱きしめられて、その温もりに涙が止まらなくなる。

『だからもう、泣いても良いんです』
「うん……っ」

広い背中に腕を回して抱きしめ返すと、首筋に口づけられた。

「俺に触られるの、怖いですか?」
「……そんな訳ない」

菊田に触られるのは、気持ち良い。
……流石にそれは言えないけれど。

「……ん、菊田っ」

首筋に吸い付いていたはずの唇が、下の膨らみに下りてきて焦る。

「ちょっ、ちょっと待って……っ」
「俺が、全部忘れさせます」

そう耳元で囁かれて、背筋にゾクゾクとした感覚が駆け抜ける。

「……うん」

優しく丁寧に愛撫されて、声が我慢出来なくなる。
身体の奥深くまで、快楽に突き堕とされる。

「……っ、んあっ」
「……主任」

熱と熱とが絡み合い、頭がおかしくなりそうだった。

「菊田、愛してる……っ」
「ん、俺もですよ」

激しい熱に抱きしめられながら、ふと気づく。
過去を受け入れて、想い出にして歩き出す魔法。

「ふふっ……」
「……なに余裕そうに笑ってるんすか」
「……え、や!」
「すっげえムカつきます」
「ちょっと待って菊田、違うんだってば……やん!」
「何も考えられなくしてやりますから」
「だから違うんだって……あっ」





私が悪夢にうなされることは、きっともうない。
私はきっと―――。







ただ、温もりが欲しかった

筆者:来夢様
サイト:crimson betrayal


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