奇形児を中心とした人身売買のフリークショウに出向いたのは気まぐれだった。
金持ちの趣味はよく解らないなと思った。自分も人の事を言えたものでもないが、奇形なんて人間の成り損ないだろう。そんなものをペットとして欲しがるなんてどうかしてる。
会場に入る前に顔を隠すための仮面が手渡される。銀色をしたそれを受け取り中に入ると既に人がたくさんいた。
後ろの方の席に腰かけると脚を組む。
まあ暇潰しにはなるだろう。今日は食事をする予定だった女にドタキャンされ時間が空いたところだった。
大した女じゃないくせに取引相手というだけで機嫌を取らなければならない。面倒くさい。
苛々した頭を落ち着かせようと胸ポケットのタバコに手を伸ばそうとしたが室内だったことを思い出す。流石に禁煙だろう。
仕方なく腕を組み息を吐くと、会場が暗くなった。ぱっと前方の大きなステージにライトが照らされ、司会の男が話始めた。男が片手を高くあげ合図を出すと閉じられていた幕が上がり、ステージに影が現れる。俺は目を見開いた。
「はじめは、両足が結合した人魚症の少年!見目麗しい容姿はまさに人魚そのもの…」
水中を現したようなセットの中、水の上に浮かぶ少年がひとり。
少年は両足がぴったりとくっついていて、爪先だけが少しだけ動くようでセットの中の水に触れてはぱしゃりと小さく音をたてた。その姿は言葉の通り、まるで人魚のよう。
柔らかそうか金色をした髪につく水滴はキラキラと光り、少年の美しさを引き立てる。
ゆるく笑みを浮かべる表情は幼いはずなのに妙に色っぽく見えた。
今まで見てきたどの女よりも、
どの人間よりも、
ずっと美しい、と思った。
幻のようなそれに目を奪われ、気がつけばそれを落札していた。
「ここが今日からお前の部屋だ」
部屋の扉を開けながら、車椅子に乗り後をついてくる少年にそう告げる。
振りかえるとにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべる彼、人魚のような結合した両脚を持つ少年を買ったのは衝動買いのようなものだったが、奇形児ひとり買うくらい訳ないくらいには余裕はある。
早速用意した部屋はこいつ用に加工を施した特別な部屋だ。
美しいものには美しい空間が必要だろう。
白を基調としたその部屋は青色のライトを照らし海のように見立ててある。白いベッドは貝殻の形をしていて、少年が自力で上がれるように高さはなくベッドというよりと大きなクッションといった感じだ。
余計なものは一切置かず、静かな空間になっている。
少年を引き取るときに看護師と思われる女が少年が好きだったと言う本やぬいぐるみなどを手渡してきたが、そんなものこの空間に似合わないだろう。
扉を開き、少年を中にいれる。
声の出ないらしいそいつは暫く部屋を眺めた後、振り返り笑顔を見せた。
ガキっぽい笑みだ。俺はもっとショウの時に見せていたような妖艶な笑みの方が好みだったが
まあいい。
「ああ、あと案内したいとこがあんだった、」
こっちへ来い、というと少年はこくりと頷いて車椅子の向きを変える。
従順だな、何でも言うことを聞くのか。そう思いながら歩きだすと後ろからタイヤの擦れる音が聞こえる。
せっせと車椅子を漕ぐ少年を立ち止まって待つ。
やってきたのは屋敷内にある屋外プールだった。
プールサイドで煙草をふかしていると、やっと追い付いた少年が俺を見上げ微笑む。
煙草を口にくわえたまま、少年を抱き上げると一瞬嬉しそうな顔をした。しかしすぐにそれをプールサイドに下ろすと、少年は不思議そうな顔をしてまた俺を見上げる。
察しが悪いな。
「人魚みたいな脚してるんだから、泳ぐだろ?泳いで見せろよ」
口角をあげて笑って見せる。
少年の顔は困った風になったが、気に止めず軽く背中を押す。普通よりも小さいだろう少年の体はそれだけで体制を崩し、プールの中に落ちた。
少年は泡をたてて底まで深く沈むと、ばしゃばしゃと音をたてて酸素を求めて水面に上がろうとする。脚が動かないからか、腕だけで必死にもがくその姿は全く優雅じゃない。
落としたのが端だったからか、少年は自力でプールの壁を掴み体制を固定した。けほけほと苦しそうに水を吐き出し、息をあげる肩は大きく揺れた。
俺は新しく取り出した煙草に火をつけながら、落胆した。
「お前泳げないの?」
そう問うと少年は申し訳なさげに瞳を伏せてこくりとうなずく。
俺はため息と共に大きく煙を吐き出した。
なんだ
「見た目だけかよ」
小さく呟いたそれが聞こえたのか少年が傷ついたような顔を見せる。それを見ない振りをして、水中から少年を抱き上げる。濡れた服の重みもあって先程よりほんの少し重く感じた。
後は使用人に任せるか、と車椅子に座り直させると自分はそのまま歩いた。少年はついてくる気配がなかった。
それからあまり少年の部屋には行かなくなった。
買ったばかりなのにもう飽きたのだ。まあよくあることだ。
少年は外見は美しいが、それだけだと思った。中身はただのガキだった。
ほったらかして死なせるわけにも行かないから、世話は使用人に任せているがガキを育てる趣味は俺にはない。
それでもせっかく買ったのだから、とたまに部屋に出向けば嬉しそうに微笑む少年の姿が見られた。
こいつには俺しかいないのだなと実感するのは、そう悪い気分でもなかった。
***
俺が捨てない限り失うことはないと思っていたその笑顔は容易くなくなった。
奇形の少年を海へ連れていったのはまたも気まぐれだった。ずっと部屋に閉じ込めっぱなしもなんだろうと思い、船を出した。初めて見るのだろうか、少年は嬉しそうにはしゃいだ。
貸しきりにしているから少ない使用人と船員しかいない。人のいない広い甲板を少年は車椅子でくるくると回る。
人がいないと言っても一応外だ。少年の脚はロングドレスで隠し、その上に毛布を被せてある。
まあ綺麗だとは思うけど、普通ではないだろう。それを見せびらかすつもりはない。
「毛布捲れないようにしろよ」
甲板の手すりにもたれ掛かりながらそう言う。少年はこくこくと頷いた。
それが最後の記憶だった。
気がつけば、俺は黄色い救命ボートの上にいた。
船員の声が耳に響く。何があった?
体が濡れている、海に落ちたのか。酸素の回らない頭を必死に働かせる。
しかし脳が働く前に言葉を口を出た。
「あいつは?」
「え?」
「甲板にもう一人いただろう。車椅子の。あいつはちゃんと上にいるか」
息を吐き少し落ち着いてきた頭でそれを問うと、俺を介抱していた船員は首を降る。
「甲板には誰もいませんでした。…ただ車椅子が倒れていて、その音に気づいて誰か落ちたのかと救命ボートを出したんです。」
思考が止まった。
「落ちたのか?」
「わ、わかりません。今救助の船員が潜っています」
「早くしろ!あいつは脚が動かないから自力ではあがってこれないだろ!」
興奮ぎみに捲し立てる。脳裏にプールに放り込んだあの時の光景が浮かぶ。あの時はまだ浅かったから大丈夫だったが海だとそうもいかないだろう。
暴れそうになってると思われたのか、船員が落ち着いてください、などと抜かしながら俺の肩をつかむ。
小さな救命ボートは波を跳ね揺れた。
暫くして、
船員に担がれた少年が甲板に上がってきた。
ぐったりとして、その細い指先一つさえ動く気配がない。
触れた頬は冷たかった。
深い海の底で冷えたのか、または…
子供のように暖かかったその熱はもう戻らないのだと思った。
笑顔を見せた時にほんのり色づく桃色の頬も、もう見られないのだと。
髪と同じ金色の睫毛に溜まる小さな水滴。
青白い肌が、洋菓子のように柔らかかった肌が固くなる。
人魚のように一つとなった脚は重く、熱を失ったそれは前よりいっそう人間の物ではないように思えた。
それでも
「お前が何より一番美しい」
死してもなお、失われない美しさにより一層引き込まれる。
この美しさを永遠に保持していたい。
早く帰らなければな。お前の体をこれ以上損傷させるわけにはいかない。
「遺体を腐らせないようにしろ。傷つけずにこのまま持ち帰る。」
死んだくらいで手放すものか。
こいつを買ったときのショウを思い出す。
ああ、本当に言っていた通りだな。
俺が買った、俺だけのものだ。
俺だけのーーー
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