端緒4






しん、と静まり返った空間に二人きり。 
左之さんは微動だにせず固まったまま俺を何か異質な物でも見るような目で見ていて。 

…あれ…何だろうこの反応? 
呆れを卓越したような…こんな表情を向けられたことは無い。侮蔑している訳でも無さそうで、でも何かちょっと怒ってる…? 

「左之さん…あの、まだ何かあんの…?」 

出来たら今は一人にして欲しい。 
振られたばかりで冗談言ったりとか笑い通す事なんてさすがに無理だ。 
だって刺されたみたいにすっげぇ胸がずきずきして痛ぇし。 





左之さんはこんな気持ちを抱いてる俺に普通に接してくれるのか、今まで通り笑いかけたり、馬鹿言ったりとか何事も無かったように出来るんだろうか。 







…あぁでも、そういう事慣れてそうだもんな。 



そんな俺の思いとは裏腹に 




左之さんはずるずると、脱力したようにその場にしゃがみこむと自分の顔を掌で覆った。ため息を吐いて小声でどんだけ信用ねぇんだ俺は、って言いながら。 



予想外の反応にぎょっとした俺は思わず慌てて左之さんと同じ目線になるように膝をつきしゃがみこんだ。 
どうしたの?という俺の表情を指の間からその切れ長の目線が捕らえると。 

「…俺がこれだけ言っても…」 

左之さんの手が俺の頬に伸びてきて。 
むにとつねって横に引っ張った。 
痛い。 
俺は眉間に皺をよせて何をするのだと表情に出したがそれ以上に訝しげな表情をした左之さんはジト目で俺を恨みがましく睨んでいた。 
あ、やっぱり怒ってる… 


「お前なぁ…千鶴、千鶴って…勘違いも大概にしろよ」 

「か、かんひぁい…?」 
頬を引っ張られて上手く喋れなかったが、 
目をぱちぱちと何回も瞬きさせて。 





「人の話も聞く耳持たねぇわ…俺が千鶴と好き合ってるなんて一言も言ってねぇだろ。」 
「…痛ぇっ!」 
ちったぁ考えろよって言いながら頬をぱちんと最後に強く引っ張った上で解放した。ひりひりしてる。 
確かに左之さんの口からは聞いてないけど 
しかしどう見ても昨日のあれは。 






「昨日のか」 
痛む頬をさすり涙目になりながら無言でこくこくと頷くとまたため息をつかれた。これで何度目だろうか。 








「…茶屋連れてってくれたお礼にって千鶴が茶持ってきてくれたんだがな。ヤモリが天井から落ちてきて千鶴の背中に入ったんだよ」 

「は?」 

背中に?ヤモリ? 
俺はあの夜の一連の流れを巻き戻して何とか思い出して頭のなかで再生させてみる。 
………ん? 
そんで、何で抱き合ってたのか合点がいかないんだけど。 
大体すっげぇ甘い雰囲気だったし…会話の内容もどう聞いても… 



「で、びっくりした千鶴が俺に抱きついてきて動けなかったから俺が背中に手突っ込んで取ってやったんだよ。」 

こんな風に 
と言いながら俺の項に手を伸ばし指先でそろっと伝いながらすっと背中に手を突っ込んだ。 

「ひゃっ…!?な、何すんだよ!」 

不意打ちに体が跳ねた。変な声が出てしまい思わず声を荒げてしまった。 

背中に侵入してきた指が擽るような、また別の意味を含んでいるのか探るかの様に蠢き背筋から腰にかけてぞわりとした刺激が走る。 

「っ…、さのさん…!」 

潤んだ目でいい加減にしろと睨み付けると 

「おっと悪い。」 

と全く悪びれてない様子の左之さんは俺の反応を見て楽しそうに、くくっと喉元で笑っていた。 
くそっ、何か弄ばれてる気がする。 

どきどきと心臓がうるさい。 













「千鶴とは何もねぇよ。だからほら」 
「?」 
ぐいと再度左之さんの腕の中に抱き込まれて唇を寄せられて。先程の奪うような口付けじゃなくて、ただ触れて、安心させるような。優しいものだった。 



「好きな奴以外にこんな真似しねぇよ」 
「ん…」 


離れた唇に少し寂しさが残ったが。 
そんな俺の心情を読んだのかは解らないが左之さんはさらにぎゅっと抱き締める腕に力を込めた。 







しかし、それなら昨晩からの自分の憂鬱は一体なんの意味があったのだろうか。 
勝手に勘違いして…まあこれに関しては左之さんの言動にも問題はあったと思うが。 
千鶴自身、身に覚えの無い向けられる筈の無い感情を抱いてしまって。朝は起こしに来てくれて、食事まで用意してくれたのに身勝手な嫉妬心に罪悪感が胸のうちで膨らむ。 

…明日にでも土産に何か買ってやろう。 








「…平助、言いたいことがあるなら言っとかねぇと一生後悔する事もあるんだぜ。」 


「…うん?」 





誰に届く筈もない懺悔を巡らせていた俺は左之さんの言葉には咄嗟に反応を返せなくて。 
それは理解したものじゃなくて、ただその言葉に対して返事を返しただけのものになってしまった。 

言いたいこと…って 
好きって言っちまったことごまかそうとしたり、無かったことにしようとしたから、そういう事言ってんのかな。 




「そりゃあ言って失敗する事もあるけどな、あの時あぁ言ってりゃ何か違ってたかもって後悔は…長いこと引きずるぜ。」 


それは多分経験から言ってる事なんだろう。抜け目なんて無さそうなのに、色々やり残したりとか後悔したりしてきたんだろうな…。 
…あ、そういや士衛館来るより前の事なんて切腹したことくらいしか知らねぇかも。 




「………うん」 
頷いたら大きな掌が何度も俺の頭を優しく撫でて。 
その気持ちよさと抱き締められている体温にほわほわと夢でも見てるのではないかと、幸せで、嬉しくて 
だがその反面に蹌踉とした不安な気持ちにまだ戸惑っている。 




「だから…言ってくれなきゃこうやって抱き締める事も無かったかもな。……ありがとな。俺を好きだって言ってくれて。」 

胸が締め付けられるような噛み締める物言いに左之さんの背中に回した腕にぎゅっと力を入れた。 








言いたいことがあるなら一… 

さっきの左之さんの言葉が反芻した。 

だから 

「……じゃ、…もっかい言ってやるよ…」 

好きだよって小さく言って、自分から言っておきながら滅茶苦茶恥ずかしくて、真っ赤な顔を隠すように左之さんの身に顔を埋めた。 
驚いたのかは解らないが上からそれは反則だろ…って 
はぁっと息を吐きながら言われて。 


ついでに鎖骨あたりにすりすりと、顔を擦り当ててみると笑いながら犬みてぇだなって言われた。 
つられて笑っちまった。 














「しかし…お前俺の事好きだって言ってきたと思ったら、急に泣くわあげく忘れろだの…俺は天国から地獄に叩き落とされた気分だよ」 
「う…だ、だって俺だって左之さんは千鶴と好き合ってると思ったから…せ、接吻されたりして…混乱したんだよっ」 


「千鶴に手ぇ出して更にお前にも…ってか?…だったら俺最悪じゃねぇか。」 


軽く頭を叩かれた。 
一連のやり取りを思い出して恥ずかしさが込み上げてきて口を紡ぐ。 
確かにさっきまで意味不明な事を言いまくってたなぁ。うわ、総司なんかに聞かれてたら滅茶苦茶に馬鹿にされそうな気がする。穴が有ったら入りたい。いや、むしろ埋めてくれねぇかな…。 

しかし事の発端は 

「っつーかヤモリ取るのにあんな厭らしい雰囲気になる!?おかしいじゃん!」 

「だからお前の勘違いだろーが、何なら試してやろうか?」 
にやっと人の悪い笑みを浮かべた左之さんに嫌な予感を感じたが時既に遅し。 

敷いたままだった布団の上に引き倒され、上から左之さんがのし掛かってきて。 
両手首を一纏めにされ片手で拘束された。 
何だよこの早業!? 
無駄の無い流れに恐怖を覚えつつ 
拘束を解こうと身を捩るが両足も左之さんが押さえるように乗っかってるせいで動かせない。 

「ちょ、何すんの!?」 

「勘違いして振り回してくれたからなぁ。ちょっとお仕置きしてやろうかと思ってな。」 

そう言いながら左之さんは俺の腰帯を解いて 
合わせを少し広げた。 


お仕置きって… 
しかも振り回されたのは俺もだと思うんだけど理不尽じゃねぇの!? 

少し傾けられて背中を浮かされ、小袖を肩から少しずらされた。 
すると先程の様に背中を左之さんの掌が這う。 
肩甲骨の窪みやらを指がなぞるようにそろそろと滑る。 

「ぁ…っ!?な、わっ、やだ!あ…!」 

擽ったい。しかしそれだけではない。 
伝う指から熱が広がる口付けられた時の熱が潜んでいたかの様に再度じわじわ上昇していく。 

背筋をつたうようにゆっくり腰まで降りていく指の動きに緊張してしまう。 

「…んっ…ちょ…ヤモリなんか…いねぇぞ…っ」 

「…そうだな。いてもいなくても関係ねぇからな。」 

ふっと笑った左之さんは 
傾けられて浮かされていた背中を布団に寝かされると腹のあたりに移動した大きい掌が撫でる。その熱さに体がびくびくと反応してしまう 


「…っ…ぁ、あ、…」 

撫でながら俺の着衣をどんどんはだけさせていく。もう肩にかかっているだけの状態でただの布切れと化していた。 

「ぁっ!」 

さらに上がってきた掌が胸の頂に辿り着き、指先で摘ままれたり押し潰されたりして。くりと、いじくり回されてじんじんする。 



「…んん…だ、だめ…いや…」 
震える唇で絞り出す声に左之さんは 
「そんな顔してよく言うよ」 

今俺はどんな顔してるんだろうか。 
左之さんは口元は楽しそうに歪めてるけど、いつもとちがう熱っぽい視線で俺を捕らえていた。今から食らいつくされるんじゃないかと思わせるような。こんな左之さんは見たこと無くて少し怖い。 



きゅ、きゅ、と、何度も摘まむ。 
しかも左之さんはわざとだろう、左手は俺を拘束してるからか片方しか触らない。 
そうすればもう片側が物足りないのか疼いてしまい腰を揺らす。 
何てはしたないんだろう。 


しかしそこから手を離すと俺の足を少し広げて左之さんは間に身体を潜り込ませた。自分の膝を立てて 
もたげはじめた下腹部の熱を刺激するように擦り付け 
、苛めてくる。 

「…ん…っ…あ、あぁ…」 

緩い刺激で責められて、はぁはぁと息が上がる。 
酷い。本当意地悪だ。 

「どうされたい?」 
言ってみろよ 
身体を寄せて俺の耳元で熱っぽく唆す。 

もう、その声だけでもぴくんと感じてしまう。 
その間も左之さんの掌は俺の身体中をまさぐってくる。でも決して一番欲しい場所には触らない。もどかしさすら快感に塗り替えられる。 
その指ひとつで官能や欲望を限界まで引きずり出す左之さんはずるいと思う。 




「ん…ん……も、やだ…左之さん…」 

情欲に目を潤ませて、求める様に名を呼んだ。 


「…」 

すると、さっきまで余裕に見えていた左之さんが目の色を変えて噛みつくように唇を奪ってきた。 
あまりの早急さに互いの歯がかちんと当たるがお構い無しに舌を突っ込まれて口膣内を蹂躙される。 

「…んんっ……ッ…ぅ…ふ…」 
「…ん…」 

息が上手く出来ずくぐもった自分の声の間に耳に入る左之さんの荒い息遣いが熱くて、俺にも興奮してくれてるんだ、と思うと自然と相手の激しい舌使いを真似 
するように吸い付いた。 
舌を、絡ませる唾液の音が聴覚を犯して。 
口許を伝い俺の喉にまで到達していた。 


それを左之さんは舐め取っていきながら首筋にも吸い付き、舌を這わせた。滑った感触に肌が栗立って刺激に全身が戦慄く。一挙一動に一々びくりと震えてしまう。 

「ぅ……あ……あ…」 

ちく、一瞬強く、歯を立てて吸い付かれた。 
今の、跡つけられたのかな。 


その部分を指先で柔い力でなぞると 
淫猥に歪んだ笑みを浮かべて 

「俺のもんになったって事は分かってんだろうな?」 
「…え?」 

その笑みは女が見たら落ちない奴は居ないんじゃないと思うくらいの…凄い色香を放出させていたが俺から見れば少し怖いかも…というのが正直な感想だった。 

「今晩は覚悟しとけっつってんだよ。」 


額に口付けをひとつ落としてから 
滅茶苦茶抱いてやるから。耳元でそう言った。 
「さ、…左之…さん…」 

体温が上がりすぎて蒸発するんじゃないかというくらい熱い。恥ずかしいのに、俺喜んでる。 

この人の声と厭らしい言葉責めだけでびくんと身体が悦んで感じて、情けないけどもういってしまいそうだった。 


まだ外はこんなに明るいのに、こんな事していいのかな。 
襖から射し込む光りがどこか背徳感を感じさせて。 


はぁはぁと自分の荒い息と心臓の音、この欲と熱にまみれた空間に酔いしれていた。 



だから気付かなかった。 
自室に向かってくる足音に。 
自分の部屋の前で止まった人影を。 



視界は左之さんの顔で埋め尽くされていてボンヤリと見とれてしまっていた。しかしその顔がぴくりと、怪訝な表情を浮かべた。視線が俺から外れて襖の方へ向けられたかと思うと。 


それはすっと開いたのだった。 


「平助…俺を探していたと隊士から聞いたの…だ…が…」 

それは巡察から帰ってきた一くんだった。 

だんだんと尻すぼみになっていく言葉は予測不可能な現状を把握出来てないのであろう。 





帰ってきてからすぐに来てくれたのかまだ新選組の象徴と呼べる浅葱色の羽織をまだ羽織ったままだった。 
あぁ…さっきまで一番会いたかったけど出来れば今は会いたくなかったかな。 

自分の顔はわかんねぇけど今一くんと一緒で真っ青になってんだろうなぁ。 
左之さんも多少は苦い表情はしてるもののそれほどじゃない。 


「あ、は、はじめく…」 
「…左之」 
俺の声を遮った一くんのその声色はそれは地を這うような背筋をぞわとさせるような冷えたものだった。 
熱くなったり冷たくなったりで俺風邪引かないかな。 


「お前の性癖をとやかく言うつもりは無い。しかしいくら左之であろうが……無理強いするのは見逃せない。今すぐ平助から離れろ。」 
「は!?」 
左之さんも俺も同時に変な声が出た。 

確かに今の状況は俺だけ上半身ほぼ裸だし半泣きだし両腕拘束されたまんまで押し倒されてる状態だった。 
…これは誤解されてもおかしくない。…かもしれない。 

多分俺も、逆の立場だったら勘違いする。千鶴とヤモリの比じゃねぇよな。 




…って一くん刀に手かけてる!? 

私闘は切腹だというのに、一くんの心酔する土方さんの決めた局中法度に背くくらいの心意気が俺の為なのはうれしいけど一くん怖い! 



左之さんもさすがにやばいと思ったのか慌てて俺の上から退いた。同時に拘束した手を引っ張って俺を起こしてくれた。 


とりあえず今は一くんを宥めないと。 
「斎藤。落ち着け、これはだな…」 
「はっ…一くん落ち着けって!これは左之さんが遊びっつーか、ただふざけて…」 


「あ、遊び…?ふざけて…だと?」 
ぴく、と一くんの片眉が上がり目元がひきつった。 
あ、何かまた不味いこと言った…? 



左之さんの方に視線を向けると遠い目をして 
頼むから余計な事言わないでくれといった表情だった。失言が多いと言われた左之さんの言葉が突き刺さった。こういう事か。 


「そうか…好意から耐えられず及んでしまった行為であるならばまだ酌量の余地はあったものの…それですら無いというのか…」 


俯いた一くんの 
手がぶるぶると震えていたが、刀の柄を完全に掴んだ。抜刀寸前。瞬き一つした瞬間に決着つくような、一くんの居合いなんて避けれる訳がない。 



俺左之さんの事忘れないから… 


俺の諦めきった表情に左之さんが悲痛な面持ちで叫ぶ。 

「お前!俺が好きならちったぁ助けるとか何か考えろよ!」 
「ごめん左之さん。丸腰じゃ無理だ。」 

はははと乾いた笑いしかもはや出てこない。 

そんなやり取りを他所に、捕り物をする時の様な、びりびりとした気を纏った一くんが死の宣告をした。 

「粛正してやる。そこに直れ」 




骨は拾ってあげるから。左之さん。 


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