藤堂落城3
「断る」
「え?」
身の上に起こった事情を一通り説明した
一くんの開口一番。
すんなり、いくとは思ってはいなかったがあまりにも頑なに拒否する物言いはさすがに俺は予想していなかった。
「は、一くん…もしかして俺の事嫌い…?」
俺だっていくら女の身体になったからって男に抱かれるのなんか後免だけどさ、一くんならって。
もし逆の立場で一くんに頼まれたら俺抱けるよ。多分。
あー…どうかな。
なんて今の現状を逃避するような思考を浮かべていたら。
「…そんな訳ないだろう。」
溜め息をついた一くんは真剣に俺を見つめてきた。
「じゃあ、何で…」
「あんたの身を案じての上だ。」
??
身を案じて?
案じてくれるなら俺を早く男に戻す為に犠牲…じゃなくて協力してくれるのが普通じゃないの?
きっぱり言い放つ一くんは至って真剣で。
俺の頼み事を交わすためにごまかしたりしてるわけじゃ無さそうだった。
「平助…あんたの身体は…、その…言いにくいが……生娘だろう?」
「………はい?」
少し頬を赤くしてぽつりと言った言葉に俺は思わず目も口も半開き状態にさせてしまった。
何言い出すの一くん。
いや、そりゃ処女だろうよ。確認出来るわけないけど。
「いくら元々は男と言っても今は…紛れもない女子だ。…易々と身体を許すものでは無い。」
「あの、そういう問題じゃなくて…これただの治療みたいなもんだからそんな深く考えないでよ。軽い気持ちで…じゃねぇと俺男に戻れない…」
俺の言葉を遮ってがしっと肩を捕まれた。
「駄目だ。俺はあんたを仲間として、一人の人間として大切に思っている。そんな不誠実で軽々しい気持ちで平助を抱くなんて出来ない。」
「一くん…」
な、なんて真面目一直線なんだ…。
今不覚にもきゅんとしたよ。女だったら落ちてたかも。
最初は一くんでいいや。って思いから
むしろ今は一くんに抱かれたいかもって思うよ。
ってか一くんがいい!頼むよ!
「だから、もしどうしてもというのであれば…1週間…いや、ひと月は待ってくれぬか。」
「ひっ、ひと月ッ!?」
長すぎるよ!!今俺が無理矢理一くん襲ったらものの数刻だよ!一くんが遅漏か早漏かは知らないけどさ!
思わず声も裏返ったよ。
「平助が俺を頼ってくれたことは嬉しく思う。だが今すぐには、あんたを抱く器量を持ち合わせていない。時間をくれないか。不服ならば…すまないが他を当たってほしい。」
俺の肩に、乗せていた手が離れて。
本当に申し訳なさそうに、目を伏せる一くん。
泣いた。
自分の部屋で三角座りして。膝に顔を押し付けて嗚咽を漏らしていた。
一くん俺のためだって言ってたけど…。
優しいけどそれじゃ本末転倒だって。
初っぱなから第一候補の一くんに振られてしまったという事実に不安が一気に押し寄せる。
残りの面子を思い出したから。だって土方さんも無理そうだもん。
どうしよう。もういっそ街中に出て行きずりの奴でも引っ掛ける?…でももしバレたら山南さんや土方さんに何言われるか。
それに顔割れてる俺が街に出て
死んだはずの藤堂平助が女になって化けて出たとか妙な噂とか立てられたりしたら…
ぐす、と鼻を啜った時
自室の前で足音と床板が軋む音が聞こえて。
「平助。ちょっといいか?」
障子越しに聞こえたのは。
「…さのさん…?」
名前を呼んだことを了承と得たのか入るぞ、と一言添えて襖が開かれた。
と同時に膝に顔を埋めていた頭を起こして相手を見上げた。
俺の顔を見て左之さんはぎょっと目を見開いて。
「お前…泣いてたのか?何かあったか?」
左之さんは慌てて俺の側に膝をついた。
頬に大きい掌を添えて親指の腹でまだ目尻に溜まっている涙を拭ってくれた。大丈夫か?と心配しながら。
大丈夫じゃねぇ…って言う気にもならないよ。
「心配してたんだぜ。千鶴に平助が目ぇ覚ましたって聞いたから巡察終わった後に部屋に寄ったんだがな。」
そういえばあの日、眠りに落ちる前。明け方に誰かの呼ぶ声が聞こえた気がする。
左之さんだったんだ。
「あー…ごめん。何かあの日色々あって疲れて寝ちまったんだよ。」
「色々?」
あ、余計な事言っちまった。
顔に出てしまったのか左之さんが俺の顔を覗きこんで目を細めた。
思わず視線を反らしてうん…と何となく返した返事は迷いを含んでいた。
左之さんに言うつもりなんて無かったし。
「…泣くほど辛い事か?話してみろよ。力になれるからわからねぇが少しは楽になるかもしれねぇぞ。」
お前ほっとくと抱えこんじまうからな。
と言って。
俺がなにも言わずに伊藤さんに着いていった事とかも言ってるのかな。
心配そうな表情を浮かべて
優しい声色で囁かれる。
固く骨ばった指が少し赤くなった目許を柔く擦る。
今自分が情緒不安定なのか、少しでも安著出来るなにかが欲しいと迂闊にも思ってしまった。
縋るような瞳で相手を見上げると。
左之さんの瞳と視線がぶつかった。
「…左之さん…あ…あのさ…」
「ん?」
目許を擽っていた指が離れて
左之さんの手がする、と俺の肩を軽く撫でた。
瞬間左之さんの表情が変わった。
思わずぱっと俺から手を離して。
自分の掌を開いたり閉じたりしてなにかを確認してるような仕草を見せて。
俺を訝しげに見つめた。
「……平助。お前なんか…痩せたか?いや、痩せたっつーか…体つきが…」
.
え、なにこの人。布越しの肩に軽く手触れただけでわかんの。俺まだ三角座りして膝抱えてる状態だし体つきって…。左之さんから見えないじゃん。怖い。
危うく絆されかけちまった。
「あ…いや、その…ちょっと変若水の、副作用で……」
ちょっと薬がきつすぎて痩せちまったとか適当に言ってごまかして切り抜けよう。うん。何か嫌な予感する。
「変若水…か。それで女になっちまったのか。そりゃ不安になるだろ。大丈夫か。」
「うえっ!?…さっ左之さん…知ってたの…?」
「いや、変だなとは思ったけどよ。今ちょっと触って確信した。」
更に左之さんが俺に詰めよってきた。顔近い。いや、すげえ男前だな相変わらず。
てか今触れた一瞬で俺が女になっただなんて超展開を受け入れられるとかすげえな。
「てか、左之さんなんでにじりよってくんの。怖いんだけど」
左之さんが近づいてくるから思わず
後ずさる俺を追い詰めるようにゆっくり近づいてくる。
右手がすっとまた伸びてきて俺の真横を通りすぎて。
何だろうと思った瞬間ぱさりと肩に、背中に自分の長い髪が触れる感触に。小さく
え?と声を漏らして左之さんの手に視線を向けたら俺の髪の毛を束ねていた結い紐がゆらりとぶら下がっていた。。
「うわ、本当に女みてぇだな。」
「…遊ぶなよっ」
肩にかかった長い髪を一掬いして
俺の事品定めするように眺められて、なんだか居心地が悪い。
からかわれてる気がしてならなかったからちょっと不機嫌そうに抗議したらふっと含み笑いが聞こえた。
「…遊んでねぇよ。可愛いなって思ってな。」
「は…ぁ…?」
とん。そんな音を立てて。
後ろに視線を向けた。
いつの間にか背中が壁に当たっていた。
そこで、やっと気がついた。
俺の逃げ場が無くなっていたこと。
覆い被さる影がいっそう濃くなったと思ったら左之さんの顔が額が触れるくらいまで近付いてきて思わず息を飲んだ。
壁際にいくら手をついた所でそれ以上逃げられないのはわかっているのに力が入る。
「可愛いな。平助。」
耳元で囁かれ流し込まれる甘い声色に名前を呼ばれてびくりと身体が跳ねて。
壁に爪を立てて手が震えた。
一くん…ごめん
俺、易々と身体を許すことになるかもしれない…。