藤堂落城







油小路での薩長入り乱れての乱戦で死にかけた俺は朦朧とする意識の中とうとう差し出された変若水に手を出してしまった。



目を覚ました俺は身体の違和感に不信感を覚えた。
傷は塞がっている。体調も悪くない。
ずっと眠っていただろうから身体の怠さは多少あるものの。



「平助くん大丈夫…?」
「あ、あぁ…傷はすっかり治ったけど…」

何だろうこの違和感は。


戸惑う表情の俺を他所に千鶴の視線が胸元を凝視していたので首を傾げながら自分の身体に視線を落とした。

目を暫く瞑ったあと千鶴に向き合って。
大きく息を吐いた。


「…………千鶴俺の顔思いっきり張り倒してくれねぇか」


顔を上げた千鶴は目を泳がせて、でも…。と言いながら戸惑っていたが俺の真剣な表情に押されたのかゆっくりと頷いて。

「…う、うん…わかった」

腕をまくって右手を振りかざして力を貯めた。
手のひらを閉じたり開いたりして。


え?思いっきりって言ったけどそんな本気でくるの?
あ、やっぱ軽くでいいって
言おうと思ったけど千鶴の平手打ちがものすごい勢いで飛んできてばちーんとすげえ音を立てながら俺はそのまま布団の上に崩れ倒れた。

「平助くん!大丈夫!?ごめんなさい…!私…。」


土方さんの拳骨より左之さんの正拳突きよりも効いたよ…千鶴…。


頬を擦りながら自分の胸にちらと視線を向けたが何も変わらない。



こんな事あり得るのか。
いやいや無いだろ。
覚めない夢でもみてんのか。
もしかして俺死んだの?


お互い長い沈黙にしばし時間か止まったかの様に固まった。


布団の上で仰向けになったままの俺は

「大丈夫じゃねぇかも…」

頬の痛みを鮮明に感じながら
色々な意味でそう呟いた。












「山南さん!!ちょっと説明してくれよ!何だよこれ!」


ばたばたと盛大に足音を立てて全速力で駆け抜けて
千鶴は俺の袖を掴んで少し息を切らしながら何とか後ろから着いてきて。

「おや。藤堂くんに…雪村くんも。元気そうで何よりです。身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか…?じゃねえよ!見てよこれ!」

俺は腕を広げて全身がよく見えるように立ちはだかった。





「これは……頬が大分腫れていますね。先程の小気味いい音はこれでしたか。」

くすくすと朗らかに笑うそのわざとらしさ!
いい年(まだ若いけど)してそんな事くらいで餓鬼みたいにギャンギャン騒ぐわけ無いってば。

「ああ、そうだけど…ってそうじゃないってば!」


千鶴が後ろで申し訳無さそうに小さくすみません…と呟いていた。
すげえ痛かったけど
俺が頼んだことだから気にするなよって意味を込めて背後の千鶴に笑顔を向けて首を振った。


顔は後で冷やすからいいとして。



着ていた寝巻きをむしりとるように上半身をはだけさせて山南さんにさらに詰め寄った。




胸はたわわに膨らんで体つきも腰や腕、足やあらゆる部分が筋肉が抜けて細く華奢になっている様だった。
下はまだ脱いでまでは見てないけど触ったらあるはずのものが無くなっていたから…
いやもう、見なくても分かるけどね。
まさに女の身体に変貌を遂げていた。



「!君は女性だったのですか…。どうりで身長がなかなか可愛らしいと…」

「んな訳無いじゃん!…って身長は今どうでもいいし!起きたらこんな身体になってたんだよ!」

きらりと光る眼鏡を指で押し上げてまじまじと俺の身体を監察する。


「冗談です。まあ…変若水が原因だと考える他無いでしょうね。」
台本でも用意してあんのかよってくらい冷静だなあんた。
でもそんな山南さん見てたら
激昂してた頭がちょっと冷えて落ち着いてきた。




「…俺もそれしか無いと思う…。解毒とか治療とか…なんか無いの?」

いや無いと困るけど。




「性別が変わるとは…初めて見る症状ですね…とりあえず血液採取させてください。君が飲んだ変若水と同時に抽出したものと合わせて調べてみます。」

「あ、あぁ、うん…」

意外にマトモな返事を返されてちょっとびっくりしちゃったよ。笑顔で『皆目検討つきません』とかって意地悪される覚悟はしてたんだけど。
ああ、それはどっちかっつーと総司だな。

「わ、私にも出来ることがあれば何でもお手伝いさせて頂きます…!」

「ありがとうございます雪村くん。とりあえず今はこの事は他言無用にして頂けますか?そして藤堂くん…今日は誰が会いに来ても寝たふりでもして全て無視しなさい。いいですね?」
「…何で?」

左之さんとか多分見に来るぞ。新八っつあんは…会いたいけど変若水に対して誰よりも分かりやすく態度に出して嫌悪してた。飲んじまった俺を士道不覚悟とかで怒ってるかもしれねぇし、来ねぇかなあ…あ、それ以前に御領衛士になっちまった時点で駄目か。


仲の良かった二人を思い出してぼーっとしていると山南さんの声が現実に引き戻す。

「骨格が変わっているということは筋力も衰えている…と言うことです。うっかり何方かに組み敷かれでもしたらどうしますか。」
「組み…っ…?いやいや…仮にも男だしそんな物好きいねえだろ」



はぁぁ…と長い溜め息を吐いた後

「土方くんにいくら説教されようが給金が入れば直ぐ様毎日のように島原で遊び呆けて、花街の女性や芸姑に注ぎ込むそんな三人組が居ましたよね…?
…男なら分かるでしょう?男所帯で欲求不満の輩がゴロゴロと。もはや穴なら何でも突っ込みたがるのか最近では女性だけではあきたらずただでさえ男色家が…」
「あー!ゴメンナサイ!」

やめてやめてそんな事ほじくりかえさないで!しかも俺御領衛士になってからは割りと控えてたぞ。新選組に居たときはそりゃあ新八っつぁんと左之さんに頻繁に誘われてつい…

いや、それより千鶴の前で何言ってんだこの人!
ばっと振り向くと千鶴…は顔を背けて苦笑いしてる。
あぁ…これ引かれてる?
いや、でもどんなに派手に着飾ったお姉ちゃん達より千鶴が一番可愛いから…なんて言えたら…!

青くなって大人しくなった俺を見て山南さんは頷くと




「分かればよろしい。」

にっこりと微笑んだ。引き出しから布にくるまれた
細っこい針みたいなものを手に取ると
とりあえず腕を出しなさいと言われ。俺は恐る恐る山南さんの指示に従った。








山南さんの部屋を後にした俺は肩を落としてとぼとぼ歩いて溜め息をついた。


一晩調べてみて土方さんと話をして解決策を練ることになったからとりあえず自室待機、という話で今日はお開きになった。
すごく疲れた。



「俺…どうなっちゃうのかな…」
「平助くん。」




だらんと力が抜けた俺の両手をゆっくり握りこむと自分の胸の前に持っていった。


「羅刹になっても、女の子になっても平助くんは平助くんだよ。私に出来ることなら何でもするから」
「千鶴…」


あ、女になった事が衝撃でかすぎて羅刹になったこと忘れてた。
そうだった。羅刹になったのは自分で選んだ事だけど

女になるって…これは何かの罰なんだろうか。


…ん?でも羅刹になったんだったら別に誰に襲われようが力で負けることなんかまずあり得無いんじゃねえの?
山南さんはからかっただけなのか身を案じてくれたのかよくわかんねえなあ。




「平助くん」
「千鶴…」


手を握りあったままじっと見つめてくる千鶴に何だか気恥ずかしくなるが
間近で見たの久しぶりだけど

大きく、くりっとした瞳によく見れば長い睫毛や白い肌に華奢な首、肩。指も細くて小さい手。

やっぱ千鶴可愛いよなぁ…なんてそわそわと現実逃避にも近い事をぼんやりと考えていたら




「安心して。女の子になってもすっごく可愛いから!!」




がらがらと自分の内の何かが崩れてゆく。
その言葉はまるで砲弾で城壁を粉々に砕かれたかのように俺を絶望の淵に追いやった。




相変わらずふらふらしながら自室に戻るなり
布団の中に潜り込んだ




誰かが近付く気配は障子越しに感じたけど今は誰にも会いたくねえ…。

目を閉じたら沈んでいく意識。
誰かが名前呼んでる…
気がしたけど。疲れた。日も昇ってきたし、眠い。




俺は枕を涙で濡らしながら眠りに落ちた。









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