誘いの隙






今日は隊士集めに先日江戸から戻ってきた俺を労う懇親会という名のただの飲みに誘われた。勿論左之さんと新八っつぁんに。遠征帰りで身体はまだ癒されていなくて疲れていたけど奢ってくれるっていうし自分を気にかけてくれる兄貴分の二人に嬉しさが湧いてふたつ返事で了解した。
間が悪く巡察当番になっちまったけど。





先に二人で島原に行ってるから後から来いよって言われて。足早に出掛けて行った。
ちなみに俺はさっきまで土方さんに巡察の報告してたとこ。西本願寺に屯所を移してからというもの、伊東さんの言動や近藤さんの態度にも思うことがあるのか。最近土方さんピリピリしてるんだよなぁ…色々説教されちまった。


伊東さん…か。

伊東さんはねちっこいけど学もあるし真剣に話聞く価値はあるんだけどな…。同門って事もあるし他の奴等より補正かかってるのはあると思うけど。




「……」


振り払うように小走りで道を駆け抜けていくと島原の門に掲げられている入り口の提灯が見えてきた。



今は伊藤さんや隊務は隅に置いておこう。
楽しく飲みたいし。うん。



やっぱあの二人と飲むの楽しいんだよなー久しぶりだし奢りだからたらふく飲んでやろう。



門を潜り抜けると俺は二人が待っているであろう真っ直ぐ目的の店へと向かっていった。







「…俺後始末確定じゃねーかよ」

部屋の襖を開けた瞬間俺はがっくりと肩を落とした。
御猪口や酒の徳利がいくつも散乱していて。
それを踏み潰さないように避けながら。

既に新八っつぁんは赤い顔をして大の字になって仰向けに転がって鼾をかいていた。幸せそうな寝顔して腹立つなぁ。

「俺が主役じゃねーのかよ。このっ」

鼻をつまんでやるとふがって豚の鳴き声みたいな声あげて眉間に皺を寄せた。しかし起きる気配なんて無い。

左之さんはいつもの如く切腹武勇伝を語ったのであろう、上半身裸で壁にもたれ掛かって片膝を立てて俯いたまま動かない。


新八っつぁん叩き起こすのって結構大変なんだよな。
とりあえず左之さんを起こして二人で新八っつぁんを担いで帰ろうか。

「左之さん…起きろよー?」


左之さんの脚の間に割り込む様にしゃがむと四つん這いになって俯いている顔を覗きこむ様に見上げた。




うわ…


思わず声が出た。

高い鼻筋、すっとした輪郭や整った顔立ちに。
目元は少し赤くなって、すぅ…と静かに寝息を立てていた。その表情に固まってしまった。


ほんっと土方さんに負けず劣らず無駄に男前で。


「…かっこいい、よなぁ…」
ぽつと呟いた。
土方さんは、中性的…っつうか。役者みたいな綺麗な顔立ちだけど左之さんは…男らしいのに綺麗な顔してるというか…何かよく分かんないけど妙な色気が漂ってる。うん…無駄に。



それに加えてあの性格だ。
男らしく義理人情に熱くて
女性には特に優しくあの腰に響くような声色で甘い言葉を囁くのだから。




そりゃ女もほっとかねぇわな…






無意識に俺は左之さんの頬をぺたぺたと触っていた。

「おい…」

左之さんが小さく声を漏らした。

「…起きた?」

琥珀色の、月みたいな色をした瞳が徐々に開かれたと思うとそのなかには俺が写っていた。

「…何してんだよお前は」
「隙だらけの男前の顔に落書きでもしてやろうかと思って」
へへっと悪戯めいた笑いをよこすと
左之さんは腕を伸ばして俺の頬を軽くつねった。
力は入ってないから痛くないけど。

むにむにと何度もつままれて俺は餅じゃねーぞというと吹き出して笑われた。

「折角急いで来たのに二人とももう泥酔してるしさぁ…さすがに二人担いで帰れねぇから先に左之さん起こそうと思って」
あぁ、と言いながら目の端でちらと新八っつぁんの現状を目の当たりにした左之さんはありゃもう駄目だなと呟いた。

「…じゃ新八っつぁん連れて帰ろうぜ。…左之さん?」

俺は立ち上がって左之さんの腕を引っ張った。
が、左之さんは立ち上がる気配が無くびくともしない。あまり力をいれてなかったからその腕は俺の手から重力に引かれるままずり落ちた。

「あー…わりぃ…もう少し休ませてくれねぇか。」

額を掌で抑えて目を瞑った左之さんを見て、いつもこんな、あからさまに具合が悪そうな酔い方しねぇのに珍しいなと思った。

「…この部屋酒の臭いきっついからなぁ…頭に響きそうだから隣の部屋で休ませてもらおうぜ。水も貰ってくるわ。」
「悪ぃな。平助。」



「次こそはちゃんと俺が揃うまで待ってくれよなー」

そう言いながら手をひらひら振って俺は部屋を後にした。
どっちにしろでかい大人の男二人抱えて帰るとか無理だし。

階段をぱたばたと降りると玄関で客の見送りをしていた主人を見つけたので隣部屋を少し使わせて欲しいと両手を合わせて頼んだ。客が入るまでの間ならと、了承を得た。
ついでに水も貰って。
再度階段を掛け上がっていった。



「…ありがとな。だいぶ落ち着いてきた」

水を飲み干した左之さんはゆっくりと後ろに倒れて仰向けになった。少しはすっきりしたのか先ほどの苦々しい表情が和らいでいた。

「うん。あと、…とりあえず服着ようぜ」

新八っつぁんといい左之さんといいすぐ脱ぐんだから。この癖何とかしてほしい。
溜め息をつきながら隣の部屋から左之さんの上着を取ってきて引き締まった胸の上にぱさっと落とした。








「…あんま飲んでねぇんだけどなぁ」
ぽつりと、左之さんが呟いた。


「…もうおじさんなのに無理して飲むからじゃねぇの」
寝転がってる左之さんを覗きこむようにしゃがむと
笑いながらからかう俺に調子に乗んなって額をぺちっと叩かれた。
痛ぇって言いながら額を自分の両手で抑えて俺も左之さんの横にごろんと転がってわざとのたうち回ると大袈裟すぎんだよって二人で笑った。



こういう楽しいささやかな時間も大事にしないといけないかもな。
新選組に対しても少し惑う部分がある。
目まぐるしく変わっていく、何もかも。
どうなるんだろうこれから。







転がったままの俺はそのまま仰向けになってそんな事を思った。

寝転がったまま、左之さんはなにも言わずに俺を見てた。
気付いていたけど、何を言ったらいいのかよく解らなかったから気づかないふりをしてそのまま天井を眺めてた。






「門限までまだ、時間あるよな」
「うん、もう一軒梯出来るくらいは…新八っつぁん重てぇからさっさと起きてくれりゃあいいんだけどなぁ…」


襖越しには隣の部屋からまだ新八っつぁんの鼾が聞こえてくる。いつも引きずられて帰ってるのにいい加減懲りねぇよなぁ…そろそろ本気で学習してほしい。



「…じゃあこっちはこっちで楽しむか」


さっきまで天井の木目とか欄間の模様しか見えてなかったのに、
仰向けになっていた俺の視界が左之さんに埋め尽くされた。




「…は?」







目をぱちぱちと瞬きして狼狽える俺を見て
左之さんはそれ以上に不思議そうな表情をしていた。

「ん。誘ってくれたんじゃねえのか?べたべたしてくるわ、寂しそうな顔してるわ、てっきり…」



言動から察するに俺が二人きりになれるようにわざと部屋を借り、慰めに左之さんに抱いて欲しいとかそんな勘違いをしたのか。
………おめでたすぎるだろ。




となるとこの体制…もしかすると、ちょっと、
いや非常にまずい気がする。




晒を巻いた逞しい両腕が俺を囲むように顔の横に肘をついた。


全身を大きい体にのし掛かられて動けない。
端正な顔立ちがすぐ目の前まで迫ってきていて
口許は弧を描いているけど瞳から覗く視線は完全に俺を捕らえて徐々に獰猛さをちらつかせてきた。





「隙だらけはお前の方だな」


笑顔が怖いんだけど
まさか、いや新八っつあんが隣に居るのに
まさか、なぁ…

嫌な汗がじわじわと皮膚から沸いてきて
顔をひきつらせながら


「さ…左之さん?………まだ酔って」
「ねぇよ」


それだけ言うと有無を言わさず唇を奪われた。
まだ残っている酒の臭いが器官を突き抜けて燻られる。


「 ぅっ…ん…ン!」
唐突な行動に咄嗟の反応を返せなかったが


指が耳たぶを揉みこむように擽られたり頬を撫でたり悪戯に蠢く。
その瞬間はっとしたようにまずい。と危機感を覚えた。
思わず目の前の幅広の両肩に腕を当てて押し返そうとするが上からのし掛かられている大きい体に対してそんな物は抵抗にすらなっていない。
人間に抱かれている子猫が爪を立てるくらいのものだろう。


でも…きっと本気で怒って抵抗すれば止めてくれるはずだろう。そうしない自分ももう相当毒されている。
俺の感情はおいてけぼりに、久しく感じる左之さんの熱を身体は欲しがっている。


嫌な気もするし、期待してる様な、よく分からない感情。こんなんだからいつも、いつも流されちゃうんだろうな。


他の奴なんかお断りだけど…。











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