モリーから見たシャーロックと彼女/モリー視点 |
モリー・フーパーはとあるネイルサロンにいた。 休日の今日、約束通り、今話題のお店へファーストネームと連れだってやってきたのだ。 モリーとファーストネームが知り会ってすぐ仲良くなった日から一週間ほど経った日のことである。 「モリー、そのスカートとっても似合ってる」 「そ、そうかしら?」 「うん、モリーらしくて好き!」 「ありがとう、ファーストネーム」 褒められて思わずはにかむと、ファーストネームはにっこり笑った。 「私、友達とこういうところへ来るの、本当に久しぶりだわ」 言いながら店内を見渡す。 椅子や小物などひとつひとつが可愛い。 店員に案内され二人隣同士で座る。 モリーはカラー見本や雑誌を見ながらふと、隣でどんなネイルにしようかと悩むファーストネームを見た。 白く細い指先には少し剥がれた淡い色のマニキュアが塗られている。 それも、もしかしたら、彼が塗ったの? 先日のシャーロックとファーストネームの会話がよみがえって、そんなことを考えてしまった。 事件の推理の一環で一度そうしただけだということは分かっているのに。 いけない、と首を振る。 今は楽しい時間なのだからそんなこと考えるべきじゃないわ、と思いなおす。 でも。 彼にマニキュアを塗られたら、私だったら顔が真っ赤になってしまう、はず。 「ねえモリー、これどう?」 「綺麗...でも、私には似合わないかも」 上品な色遣いの、女性らしいデザインだ。 ファーストネームの指した見本を一目で気に入ったものの、やはり気が引けてしまう。 私がこんな爪をしていたら、彼は何て言うのだろう。 口紅を塗った時のようなことを言うのだろうか。 「モリーは指が長いから、映えると思うなあ」 ファーストネームの、こんなふうに本心から言っているというのが分かる褒め方をするところが、モリーは好きだ。 そんなところが羨ましくもあるし、自分にはないと思って、少し悲しくもある。 「...私、これにします」 「かしこまりました」 「ファーストネームはどれに?」 「うーん、わたし指も短いし、爪も小さいし...どれがいいかなあ」 と、あるひとつの見本が目に入った。 控えめな淡い色遣いで、彼女の白い指や丸くて可愛い爪にぴったりのデザイン。 勇気を出してすすめてみると、ファーストネームは嬉しそうにそれを選んだ。 偶然にもお互いにぴったりのデザインを選び合うなんて親友みたい、とモリーはくすぐったい気持ちになる。 ファーストネームも同じように、思ってくれていたらいいのに。 「ねえモリー、私たちずっと前から友達だったみたい」 クスクス笑うファーストネームに、モリーはやはりはにかんだ。 ネイルが完成すると二人は少し遅いランチをして、せっかく指先が綺麗になったのだからと、エステサロンにも行ってみることにした。気分がのっているのだ。 モリーはエステなんてと少し緊張したものの、ファーストネームと一緒なら何だかわくわくした。 隣同士のベッドで横になる。 部屋は少し暗めの照明で穏やかな音楽がかかっていて、何となく落ち着くような香りがしていた。 マッサージやケアをしてもらい、パックをしてしばらく待つ。 お互いのパックをした顔につい笑って写真を撮りあった。 モリーは、こんなに笑うのも久しぶりだった。 と、ファーストネームの携帯が鳴って、テキストを確認したらしい彼女はクスクスと笑う。 「どうしたの?」 「エステしに来てるって、シャーロックにばれてる」 「シャーロックに?そ、そう...どうしてかしら?」 「なんでか分からないけどいつも行動を読まれちゃうの。まさかそういう趣味なのかな?」 プライバシーがない、と不満げに言うファーストネームから思わず目を逸らす。 彼女はどうしてか分からないと言ったが、モリーは何となく分かる。 きっと、心配なのだろう。 バーツで初めて二人が一緒にいるのを見た時の、シャーロックの目。 きっと、大事な存在なのだろう。 そんなふうに感じてしまった。 ファーストネームのことは大好きだが、モリーの心はちくりと痛んだ。 「ねえ、ファーストネーム」 「ん?」 「ファーストネームは...好きな人って、いるの?」 勇気を出して聞いてみる。 ファーストネームはパックの下で顔を赤くして否定しかけたが、少し黙って、それから言った。 「うーん...よく、分からない」 「分からない?」 「好きになるっていうのがまだよく分からないかも...もう子どもじゃないのに、恥ずかしいんだけど」 「そ、そんなことないわ!私だって、初恋は遅かったもの」 「そうなの?」 ファーストネームは安心したようだった。 彼女はまだ恋を知らない。 モリーは少し安心してしまった自分が嫌だと思った。 シャーロックのファーストネームに対するものは、うすうす感じている。 だけど私は、シャーロックが好き。 自分は諦めてファーストネームを応援するべきなのか、それともこのまま彼を想い続けるのか。 モリーにはどうしたらいいか分からなかった。 そんな迷いを残したままファーストネームの恋の話は終わって、モリーの初恋の話で盛り上がる。 やっぱりファーストネームといるのは楽しかった。 そして今は、ファーストネームの車でバーツへ向かっている。 エステを終えた二人はショッピングを楽しんだ後、この素敵な休日をディナーで締めくくろうかとしていたところだったのだが。 後部座席で、買った靴や服の色とりどりの袋がかさかさと揺れる。 「ごめんねモリー、せっかくのお休みなのに駆り出されて」 「ううん、ファーストネームのせいじゃないもの。気にしないで」 シャーロックからファーストネームに電話が入って、急遽見せてほしい人物(つまり、事件の被害者)がいると呼び出されたのだ。 「ディナーは行けなかったけど、すっごく楽しかったわ」 「うん、私も楽しかった!次はディナーまでちゃんと行こうね」 「ええ、楽しみにしてる」 「遅い」 到着すると、シャーロックは不機嫌な声色で言った。 「これでも結構とばしたの」 「電話を切った後にも服を買っただろう、そのせいだ」 「手に持ってたのを買っただけだよ!」 早速言い合いを始める二人を眺めているモリーにジョンが歩み寄る。 「せっかく二人で出かけてたところだったのに、ごめん」 「ううん、いいのよ、また二人で出かける約束もしたし」 「そっか。なら良いんだけど」 ジョンはほっとしたようだ。 「あっと言う間に仲良くなったんだね、二人は」 「ええ、一緒にいるととっても楽しくって時間が経つのが早かった」 「それ分かるな。ファーストネームといると退屈しないんだ」 二人はまだ言い合いをしているシャーロックとファーストネームを見た。 「ねえ、ジョン」 「?」 「あの...ファーストネームと、シャーロックって――「シャーロック、待たせたな」 「予想通りの到着時間だが遅いぞ、レストレード。ん?何故アンダーソンまでここにいる」 「僕が鑑識だからだ。調べ直さないといけないんだろ」 「だからって君が来なくていいだろ。僕一人でできる」 「いいから行くぞ、シャーロック」 思い切って聞こうとしたモリーの言葉は遮られ、仕方なく歩き出す。 予想外の人数で、ぞろぞろと部屋に入った。 「こっちよ...この人ね」 モリーがジッパーを開け、皆が見やすいように壁際へ下がると、シャーロックがファーストネームの肩をつかみくるりと回転させるのが目に入った。 「ファーストネームは部屋の外で待ってろ」 「どうして?」 「いいから」 「.........」 「外に一人でいるのが恐いならあっち向いてろ」 「あ...分かった」 やっぱり、大事にされている。 いつもの彼なら、誰かが見るべきでないものを目に入れてしまったからといって何も思わないだろうし、何の配慮もしないはず。 モリーは壁に凭れかかって小さくため息をついた。 あちこち調べてまわるシャーロックは、時折ファーストネームをちらっと確認している。 他の誰もそれに気付いてはいない。 ファーストネーム本人だって気付いてはいない。 シャーロックを見つめているモリーだからこそ気付けるのだ。 「現場に戻る。ファーストネーム、車を出してくれ」 再調査が終わると、ファーストネームを部屋の外へ連れ出しながらシャーロックはそう言った。 「終わったの?どうだった?」 「肌が綺麗すぎる。不自然だ」 「肌?」 「そうだ。まるでエステにでも行ったかのように」 そう言って、シャーロックは少し考えつつファーストネームの頬をするりと撫でた。 きっと自分の考えを確かなものにするために、何の気なしに触れたのだろう。 これにはファーストネームもジョンも驚いていたが、モリーはあまり驚かなかった。 胸は、ちくりと痛んだものの。 やっぱり、そうよね。 自分の呼吸の音が、やけに近くで聞こえた。 シャーロックがレストレードやアンダーソン達と何やら言葉を交わしているのを、ぼんやりと眺める。 アンダーソンがシャーロックに噛み付いて論破され、悔し紛れにファーストネームに同意を求めている。 シャーロックはすぐさまファーストネームを抱き込むようにして引き離すと彼女を背中の後ろに隠した。 目に入るのは、彼が彼女をさりげなく大事にする場面ばかり。 ドアを開ける時はさりげなくファーストネームを先に通しているし、ファーストネームが態度に出していなくても疲れた表情をしていればさりげなく椅子に座らせる。 彼の優しさは分かりにくい。 けれど確かに、彼女だけに向けて注がれている。 「それじゃあモリー、今日はありがとう。また連絡するね」 「ええ、待ってるわ」 三人が乗った車を見送りながら、モリーの胸はちくちくと痛む。 こんな思いをするなら、ファーストネームと友達にならなければよかった? こんな思いをするなら、彼を好きにならなければよかった? ぼんやり考えたが、そのどちらも、今のモリーの気持ちには当てはまらない。 自分は諦めてファーストネームを応援するべきなのか、それともこのまま彼を想い続けるのか。 どうしたらいいのか分からなかった。 モリーの心は揺れていた。 0627.haco back |