オマケの方が長い


「これと、これとー…あとデザートはこれで…シャーロックもデザートいる?」
「僕はいい」


それから二人は、ファーストネームが最近通っているという店に来ていた。小ぢんまり落ち着いている雰囲気の良い店だ。


「やあファーストネーム、また来てくれたんだね」
「あ、マスター」


ホームズはほんの少し目をまたたかせた。ファーストネームはその性格でこの店のマスターともいつの間にか親しくなっているらしい。


「今日は彼氏とディナーかい?」
「か、彼氏?!」


慌てふためくファーストネームと対照的に、ホームズは落ち着いている。


「違うのマスター、こちらはシャーロック・ホームズ。この前話したルームメイトの一人なの」
「ああ、確かお医者さんとー…探偵さんだったね?」
「コンサルタント探偵だ」
「シャーロック、このお店のマスターだよ。うちの通りの角にお花屋さんがあるの分かる?」
「ああ」
「あそこのおばあちゃんの旦那さん」


ファーストネームは人の輪を広げるのが得意なのだ。殆ど無意識にやってのける。彼女はまだこの街に来て間もないが、すでに友達は多い。ただし警戒心が無さ過ぎるのが欠点。


「よろしく、シャーロック」
「ああ…よろしく、」


何とも言えない顔のまま握手に応える。最近ホームズは、ファーストネームに巻き込まれて顔見知りが増えていた。街の人々と関わる気はなかったのに、ファーストネームと行動を共にするとどんどん増えていくのだ。歩いていて声をかけられることが多くなった。ホームズの性格からすると不快でしかないのだが、街の人と挨拶を交わす自分を見てファーストネームは喜ぶのだ。何とも言えない気分である。


「ファーストネーム、とっておきのワインが入ったんだ。今日は彼のためにサービスしてあげるよ」
「本当?シャーロックと来て良かった!」


ファーストネームがこの上ないといった表情で目を輝かせるのでマスターは至極嬉しそうに瓶とグラスを持ってきた。ちなみにグラスはちゃっかり3つ。


「それじゃ、シャーロックに乾杯!」
「かんぱーい!」


二人はホームズを見る。


「……乾杯」


ホームズは渋々グラスを上げた。


「うーん実に美味しい。私の舌は衰えていないだろう?さ、もう一度乾杯だシャーロック、ファーストネームの愛しきシャーロックに乾杯!」
「げほっ!ま、マスター!」
「ほっほっ、お〜恐ろしい。私は退散するとしよう」


ファーストネームはまだグラスに口をつけたばかりだというのに真っ赤になってしまっている。ホームズは二人のペースに飲まれまいと真顔でグラスを呷った。





「うーん美味しーい!」


数十分後、ファーストネームはすっかり出来上がってしまっていた。出てきた料理を美味しそうに頬張っては次々とグラスを空けご機嫌である。ホームズは少々呆れたが、成る程確かに美味しい。しつこくなくて癖になる、ホームズの好みの味だった。ファーストネームはそう思ってこの店を選んだのだろうか?


「ね〜シャーロック、どう?美味しい?」
「…ああ、美味しい」
「でしょー!あ、マスター!これおかわり!」


…恐らくただ単に好きで来たかっただけだろう。


「友達とよく来るんだー、ベティとかドナとか、マックスとかあとー…」
「待て」
「ん?」
「マックスって誰」
「?友達だってば」
「男だろう?」
「うん!大学の図書館で働いてる!」
「ほう…」
「なに?」
「何でもない」


ホームズが何となく面白く無さそうな顔をしている間にも、ファーストネームはぐいぐいとグラスを呷る。


「その辺でやめとけよ、ファーストネーム」





お茶目なマスターに冷やかされつつ見送られて二人が店を出る頃には、ファーストネームは千鳥足だった。


「酒が苦手なら何故あんなに飲んだんだ」
「ほかはけっこうらいじょうぶなんれすけど、ワインはらめなんれすよね」


何故か敬語だしワインが駄目というのなら尚更何故あんなに飲んだのか。


…でも、知らない面を見た。


「着いたぞ、階段上がれるか?」
「シャーロックの、すきそうなあじだなっておもってたんだけど、どうでした?すきだったら、いいなー」


ホームズのファーストネームを支える手に自然と力が入る。


「…ああ、好きだ」


「ほんとっ?よかった!」


嬉しそうにきゃっきゃと笑うファーストネームをひょいと抱え、フラットの階段を上がり始める。


「ひゃっ!」


驚きの声を上げたがすぐにまた嬉しそうな顔をして、ホームズの首に腕をまわした。


「!」
「ふふ、あったかーい」
「じっとしてろ」
「また、いきましょうね…」
「…ああ」


瞼を閉じてしまったファーストネームを抱え直し、ホームズは階段を上がって行く。
ベッドに下ろせば本格的にすやすや眠り始めてしまったファーストネームの寝顔をじっと見つめ。

何となく、その頬に触れてみた。


「…僕も酔っているらしい」


すこし心臓のあたりがムズムズしたのを酔いのせいにして、ホームズは寝室を後にした。


0228.haco


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