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その腕の中で

今日という日はもう朝っぱらから散々だった。
朝は寝台から転げ落ちて目が覚めたことから始まり、登城の折には野鳥の落としものにぶち当たるし、それで「焼き鳥にしてやろうか!」と空に向かって叫んだのを趙雲殿に聞かれてしまって生温かい笑みを贈られてしまったし、昼は昼で書簡を書けば片っ端から失敗してしまい、通りかかった関羽殿に「そなた、もう少しばかり落ち着いたらどうなのだ」とお叱りを受けてしまうし、極め付けには、もう書き物は駄目だと諦めてごちゃついた書庫の整理でもしようと向かったところ、途中の曲がり角で徐庶殿と正面衝突してしまったのだ。
ぶつかった事自体はたいしたことではなかったのだが、今日は厄日、転けてしまえば必ず怪我をするのではないか、という余計な考えを起こして踏みとどまってしまったのが運の尽きだった。

徐庶殿の外からはわからないが無駄に逞しい胸板に顔面から突っ込んでしまい、ブフォッだなんて間抜けな声をだした挙句、反動で後ろに跳ね返るところをたたらを踏んで無理やり耐えたのだが、やはり無理は無理、右足首が嫌な音を立てた。
その時は痛みもさほどなく、「すっすまない!!大丈夫かい!?」とそちらもぶつかられて多少は痛かっただろうに慌てながらこちらの心配ばかりしてくれる徐庶殿を何とかなだめ、そのまま書庫へと向かったのだが。

「〜〜〜〜〜〜!!」

今現在、私は声もなく悶えていた。

なんだこれ、馬鹿みたいに痛い。いやもう痛いなんてもんじゃない。いやでも痛い。

しっちゃかめっちゃかになっていた竹簡やらなにやらを整理しようと卓に陣取り確認し始めた頃から少し熱を持ち始めただろうかとは感じていたのだが、何故そこでたいしたことはないだろうと高を括って放っておいてしまったのだろうか私の馬鹿!!大馬鹿!!!

その後も呑気に、長いこと座って作業していた所為か足のことをすっかり忘れて整理の終わった竹簡の一山を棚に戻そうと抱え、椅子から立ち上がった時、脳天に、稲妻が走った。

ガシャン、バラバラと竹簡が投げ出されて一部壊れたような音も聞こえて来たが構ってなどいられない。
何せその場で蹲って痛みに耐える以外できることが無いのだ。

痛い痛い痛い、あー、後で直さないと。痛い痛い、また余計に仕事増やしてどうするの。あーもう痛いよなんなの。なんて考えていると、どなたかが音を聞きつけたのだろうか書庫へと近づく足音が聞こえる。

「何か大きな音がしたけど、……っ!!ナマエ!?」
「あ……徐庶、どの」

ひょいと戸口から顔を出したのは先程ぶつかったばかりの徐庶殿で、散らばった竹簡から蹲っている私に視線を移すと目を見開いてすぐに駆け寄ってきてくれた。
心配そうに眉根を寄せて苦い顔をしている徐庶殿になんだか少しだけ居た堪れない気持ちになってくる。

「足……もしかしてさっきの、立てないのかい?」
「う、いえその、……はい。あ、あの!もう少ししたらおさまると思うので、手を貸して頂けませんか?」

こんな時に丁度良く顔を出してくださるなんて、流石徐庶殿!天の助けとばかりに手助けをお願いする。
言ってる間に痛みもマシになって来た。この分ならば肩なり借りればなんとか医師の元に辿り着けそうだ。

それを聞いた徐庶殿は考える素振りを見せた後、少し響くかもしれないけど、失礼するよ。とひょいと私を横抱きに抱えた。

「徐庶殿!あの、肩を貸してくださるとかで良いので、」
「無理に歩いて余計酷くなるよりは極力動かさない方がよっぽど良いとは思わないかい?こちらの方が早いし」
「でも、お、重いでしょう?」
「撃剣より軽いくらいだよ。それに、俺の肩を貸すとなるとお互い大変だと思うけど」

それは主に身長差の面ででしょうね、ええ、そうでしょうとも。
ならば腕でも良いだろうに、とか、何故背負うのではなく横抱きなんだ、とか、撃剣より軽いとか流石にないわー、とか、恥ずかしいとか恥ずかしいとかやっぱり恥ずかしいとか言いたいことは色々あったけれど。
痛いのは嫌だろう?と困った様にへらりと笑われてしまったらもう黙るしかない。
せっかくだから胸板を存分に堪能させて貰おうじゃない。人生開き直りが肝心だ。


ーーどうか道中誰にも出会いませんように。


……なんて祈りも虚しく廻廊に出てすぐで諸葛亮殿とホウ統老師(せんせい)に見つかって、おやおやなんて盛大にニヨつかれたのは記憶から抹消してしまおう。


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