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「俺みたいのを好きになっちゃあさ、駄目だと思うんだよねぇ」

開口一番にそんな事を言われ、虚をつかれてしまった。

「何をおっしゃっているのかわかりかねますが、私はただ、」
「うん、知ってる。別れの挨拶に来てくれたんだろ?」
「わかっていらして何故そのような」
「だってさ、あんた、俺のこと好きだろ?」

そうだろ?ナマエ。とのうちを見透かす様な目で言われてしまえばもう認めざるを得ない。
彼の人は軽薄そうに見えてその実勘がとても利くのだ。単純な私では隠し事などできようはずもない。

だが、それを認めたところでどうなるというのだ。


彼の人が呉との戦の最前線へと向かうことになったと聞いて、もう居ても経ってもいられなくなってしまった。
確かに私は彼の人を、李典様を好いていた。しかし自分はただの女官、多少覚えが良いとは言っても想いを告げることなど夢のまた夢なのだ。
まさかそのような大それたことを考えられる筈もなく、ただただ出立前に一目でもお声をかけることができたら、その武運を祈らせてもらえたら、と、その一心で李典様のところへと駆けてきたのだが、その必死さが仇になったのだろうか。
李典様を見つけ、口を開こうとしたら先ほどの台詞をいただいてしまったのだ。
突然に自分の秘めていた想いを言い当てられ、李典様が合肥へ発ってしまうという事もあいまって、もう頭の中が飽和してしまいそうで、知らず涙が溢れ出てしまった。

「あーっ!もう!ごめん、違う、違うんだ。そんな顔をさせたかった訳じゃないし、こんなこというつもりもなかったのに……」

だー!もう!なんだって俺は!と苛立ちながらぐしゃりと自らの頭を掻き回す李典様を見てますます悲しくなってきて、いよいよ涙が止まらなくなってしまう。
それを見た李典様は焦った様子で私を宥め始めた。

「なあ、あー、ナマエ?ほら、泣くなって。俺の話、ちょっと聞いてくれよ、な?頼むから」

おろおろと背中をさすりながら声をかけてくださるものだから、なんとか気を落ち着かせ涙をひっこめる。

「……申し訳、ありません。もう落ち着きましたから。……お話とは?」

そう促せば、李典様は表情を引き締められたので、つられて私も背筋を正した。

「もう知ってるとは思うけど、俺、合肥に行くことになったんだ。合肥は対呉の最前線、命を落とさない保証なんて勿論無いし、いつ許昌に戻ってこれるかもわからない。もしかしたら戻ってこれないかも」

そこまで言うと、李典様は大きく息を吐き、口籠った。
なにか、これを言ってしまっても良いのだろうか。という逡巡の後に、暫く目を泳がせて、意を決した様に口を開いた。

「そういう事だから、こんな俺を待つのはすごく不毛なことだと思うし、離れている間ナマエの気持ちを繋ぎ止めておく自信なんて実は全く無いし、かと言って最前線にあんたを連れていけるのかって言うとそりゃ勿論無理な訳で、あー、もう!!」

またぐしゃぐしゃと頭を掻き回し俯いてしまった李典様に、落ち着いて、ゆっくりでいいんですよ。とついつい背をさすってしまった。
先ほどまで取り乱していたのは私の方だったのに、と何故だかおかしくなってしまう。
不思議と心に余裕さえ感じられるのは、きっと李典様が何を言いたいのかわかってしまったから、そしてその答えはもう、とうに決まっているのだ。

だって、夢にさえ見れないほどに、それほど遠い話だったのに、それはもう目の前に、手を伸ばせば届く距離にあるだなんて。

「約束が、欲しいんだ。俺が帰ってくるまでずっと好きでいてくれるって」

縛り付ける様なことはしたく無かったんだけど、でもどうしても諦めきれなくて、
と、李典様は俯いたまま消えそうな声で呟いた。

「李典様が待てとおっしゃるのならば、私は幾らでも待ちます。それこそ、死ぬまで待っていられます」
「うん、そう言ってくれだろうって、わかってたよ。だから、あんたみたいな子が、俺みたいなのにひっかかったら駄目なのに」
「……もう、手遅れですよ」
「文、書くから。ちゃんと返事ちょうだい」
「ええ」
「もし、ちょっとでも帰れることがあったら、真っ先に会いに行くから」
「ええ」
「……ひどい男だよな、俺」
「ひどいとおっしゃるのなら、私、一番肝心な言葉をいただいていないように思います」

そちらの方が、よっぽどひどいわ。と笑えば、李典様も引き結んでいた口元を少しだけ綻ばせ笑ってくださったように思えた。

「好きだ、ナマエ。あんたがどうしようもなく好きなんだ」
「私も、李典様のことをお慕いしております」

半ばお互いすがりつくような形での抱擁のまま、ぽつりぽつりと言葉を交わして、

その数日後、李典様は合肥へと発ったのだった。



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