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ひとたび口を開けば「俺なんか」「俺みたいな」と己を卑下し、常に曖昧な笑みを浮かべ、自信なさげに斜め下に視線を固定している。たまに、極々たまにその顔を純粋な笑みだけが彩ることがあるが、その殆どが自身の母親絡みの事柄によるもので、親を敬うのは当たり前の事ではあるがその男のそれは少々行き過ぎの感がある。
いくら仕事は出来るとはいえ、徐元直という男は大層面倒くさい人間である、見た目が良くとも性格がアレでは台無しだろうに、もったいないことだ。と言うのがつい先日その面倒くさい男の補佐役に任命されてしまったナマエの見解であった。


ナマエは元々趙雲の配下の将であった。
故に徐庶とはそれほど関わりがあるとは言えない。
しかし、ナマエ自身は特別徐庶に対して何かした、という覚えが全くないのにも関わらず、何故だか懐かれているらしい。
正直仕事以外で関係を持ちたくないので極力関わらないようにしているというのに、である。
心当たりがあるとすれば、初対面の折につい徐庶の態度に苛ついてしまい「人と話すときは普通目を合わせるものではないのですか」と一喝してしまったことくらいだが、それは逆に苦手と思われる原因になる要素はあっても好かれる要素にはなりえないだろう。
その後もナマエは徐庶に対しては冷たい態度を一貫して取っているつもりであり、懐かれる要素は微塵もない筈なのだ。
それでも懐いていると言うのなら徐庶は被虐趣味の気でもあるのか、そんなはずはないだろう。

時折、徐庶は自虐が高じて気分が落ち込むと自らの殻に閉じこもってしまう、という悪癖がある。
こうなるともう誰が何を言っても聞く耳を持たず、ひたすら自室の隅でうじうじと湿っぽくいじけているのだ。
しかし、何故かナマエが一喝すると不思議とすんなりと立ち直る。と言うのが周囲の言である。
それだけで懐かれている。と判じるのも如何なものだろうか。
単に周りが皆穏やかな気質故に(張飛殿は覗く)短気なナマエがいつも我慢できずに怒鳴ってしまうというだけで、
正直、誰がやっても同じではないのか、とナマエは体よく面倒くさい役を押し付けられたようで釈然としない。

「ナマエが徐庶殿の尻をひっぱたけば、もっと効率が良くなるだろう。と言うのが張飛殿の言い分でな」

少々寂しいものがあるが、適材適所というものなのだろうな。あの人のお守りは大変だろうがよろしく頼む。と困ったように笑う元上司に何か反論出来るはずもなく。
これは早々に徐庶に嫌われるなりなんなりして元の職に戻してもらうよりほかはあるまい、と重い溜め息をつきながらナマエは新しい上司の元に足を進めるのだった。


□□□


「あ、ああ、君か、よく来てくれたね。今日からよろしく頼むよ」
「人と話すときはその手癖をお止めになったらどうなんです」
「あっ、すまない。つい無意識で……その、ありがとう」

渋々徐庶の執務用にあてられた室に出向けば、やはり目の前の男は視線を微妙に逸らしながら両手をもじもじさせているものだからついつい口がでてしまう。
と、顔を赤らめて礼を言われてしまった。しかもどことなく嬉しそうにふにゃりと笑っている。やはり彼は被虐趣味だったのだろうか。
ああ、そんなことはどうでもよいのだ。とナマエは目的を果たすために口を開いた。

「ところで早速ですが、徐庶殿。私を趙雲殿の配下に戻して頂きたいのですが」
「えっ、なぜだい?」
「私が徐庶殿の補佐となったのは、張飛殿が決めたこと、と聞き及んでおります。徐庶殿も私のような小うるさい女に四六時中付かれているのは迷惑でございましょう?」
「えっあっ、ち、ちょっと待ってくれ。違うんだ。確かに張飛殿も賛成してくれたんだが、俺がその、直接趙雲殿に頼んだんだ。ナマエ殿を補佐に欲しい。と」

迷惑なんてそんなことは、むしろその、嬉しいというか……とやはりまた手遊びをしながら徐庶は続けるがナマエの耳には全く入っていなかった。

仕方なしに無理やり張飛に承諾させられたのかと思えば、徐庶自ら趙雲に頼んだとは、一体どういうことだ。

「何故、私なのですか、徐庶殿。貴方と私はそれほど親しくもなかったと思うのですが」

ナマエのその言葉に眉尾を下げるも、徐庶はナマエの肩に手を置き、下げていた視線を彼女の目ににひたりと合わせる。
黙っていれば格好いいのに、と常々思っていただけにナマエはその徐庶の真剣な顔にどきりとさせられた。

「確かに、君とはそう親しいとは言えない。話した数も、両手で足りてしまうくらいだ。でも、そのわずかな間だったけれど俺は、君に叱って貰えて、なんだか嬉しくて、君と一緒にいると、とても幸せな気持ちになれたんだ。君と一緒ならなんでもできるような気がして、一瞬たりとも離れたくなかった……と言ったら、その、迷惑かな」

それは貴方の大好きな母君と私を重ねているのでは、だの叱って貰えて嬉しいとはやはり被虐趣味なのか、だの色々と思う所はあれど、やはり徐庶の容姿はナマエの好みなのだ。
そんな彼に肩に手を置かれ顔を覗き込まれて捨てられる寸前の子犬のような目で告白紛いな真似をされたらほだされてしまっても仕方ないだろう。とナマエは自分に言い聞かせた。

心臓がうるさいのはその所為なのだ。他に他意はない。

「べ、別に、迷惑とは思っておりません」
「本当かい?!良かった……じゃあこれからも俺の補佐でいてくれるんだな?」

ナマエの答えを聞き目を輝かせて破顔する徐庶を見て、ナマエの心臓はまたきゅんと軋んだ。
一体どうしてしまったと言うのだ。あれほど億劫でしょうがなかったと言うのに、とナマエは自分で自分がわからなくなりながらも

「……徐庶殿が、嫌でないのでしたら」

と、声を絞り出した。
すると、徐庶は満足げに笑い、

「見ていてくれ、今に、君に容姿だけじゃなく内面も好きになってもらえるよう頑張るから」
「なっ……!」

その言葉に、バレていたのかと言う驚きと羞恥が一気に押し寄せる。
やはり前言撤回できないだろうか、今すぐ趙雲のところに戻りたいが、言質をとられてしまえばもうどうしようもない。
最終的に承諾してしまったのはナマエなのだ。

ああ、軍師なんていう人種など二度と信用するまい。とナマエは心に固く誓った。


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