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後編

理不尽だ。
納得がいかない。
俺が何をしたと言うのだ。

秀吉の居城に向かう道中、ナマエが俺を避ける理由を考えみたものの、いくら頭を悩まそうとも一向に心当たりが浮かばない。
では、俺は非もなく避けられていると言うのか、なんたる理不尽、気分の悪いことこの上ない。

思案に暮れている内に苦虫を百は噛み潰したような顔にでもなっていたのだろう。門番の兵が俺の顔を見るなりひぃっ!と怯えた声を上げた。
このまま秀吉に会うのは流石に不味いか(俺はそのままでも一向に構わないが秀長様の体裁に関わる)と、今一度表情を正し、秀吉に秀長様からの書状を届けに参ったという旨を門番に伝え、秀吉の元へと通される。




「いや、ご苦労ご苦労。お、そうじゃった!ナマエなら今頃部屋に居るはず、顔でも見ていったらどうじゃろう」
(全く、ご趣味のよろしいことで……)

下々の者のごたごたがそんなに楽しいのか、とにやにやと締まりなく緩んだ目の前のサル顔に先程正したはずの表情が歪みかけるが、辛うじて仏頂面を決めこんだ。
ああ、わかっているとも、これはただの八つ当たりだ。
なるほど、秀長様と同じく秀吉も一枚噛んでいたわけだ。兄弟仲がよろしいのは結構なことだ、が、俺と秀吉を関わらせようとするのは精神衛生上勘弁願いたい。
この時ばかりはお恨み申し上げまするぞ秀長様。と心の中で歯噛みしつつも失礼いたします。とその場を辞した。
しっかりやるんじゃぞ!なんて言葉が投げかけられたが、あんたに言われる筋合いはないと聞こえなかった振りをする。


ナマエの室に向かい庭に面した廊下を歩きながら、俺はふと、とある考えに行き着いた。
もしも、もしもナマエが俺の事を嫌いになったのだとしたら――――
ナマエ個人に何かをした、という覚えはないが、俺は口が悪く、人に対する態度も良いとは言えない。氷のように冷たい奴だと陰口を叩かれ、それなりに嫌われているということは自覚している。

ナマエもそうした俺の態度が積もりに積もって嫌気が差してしまったのだとすれば、
俺が秀吉を厭うように、ナマエも俺を避けているのかもしれない。
もし、そうなのだとすれば、今ナマエに会いにいくのは良いことではないのではないか、このまま引き返してしまおうか、
などと、考え事をしている内に下がってきていた視線を上げればもうナマエの室はもう目と鼻の先であり、


部屋のすぐ前の庭で福島正則と抱き合うナマエの姿が目に飛び込んできた。


それを目にした瞬間血の気が引いていった。自分の体が驚くほど冷たくなるのを感じる。
確かに自分の眼に映っている光景だというのに幻でも見ているのではないか、と否、そうであって欲しいと願ってしまう。

そうこうしている内にナマエは福島から体を離した。
少しだけ体温が戻ってくるも、話している内容は聞こえないが笑い合う二人に腹の底からどす黒い何かがせり上がって来るのを感じる。
ああ、今の俺はきっとひどい顔をしているな。と妙に冷静に思っていれば、
福島が、此方に気づき顔を上げ、怯えたような表情を浮かべた。は、情けない面だな。

そして、それにつられてナマエが顔を上げ、驚愕の色を浮かべながら俺を見た瞬間、心が浮き立つのを感じた。
ナマエの瞳に俺が映っているのだと思うだけで、ほの暗い喜びが心を満たしたのだ。
それが例え怯えたような顔であっても。

ああ、そうだ、ナマエが俺を嫌っていようが関係あるまい。俺から離れられなくしてしまえば良いのだから。

「ようやく会えたな、ナマエ」

万感の思いを込めて呟けば、この距離でも聞こえたのかナマエがびくりと震え、身を硬くするのにくつくつと喉が鳴るのを抑えられない。
俺の一挙一動にナマエが反応する、ということがこんなにも愉しいものだったとは。

薄暗い愉悦に浸りつつ、固まってしまい動けない様子のナマエに見せつけるようにゆっくりと近づいてゆく。

しかし、もう少しで捕らえられる。という距離になって我に返ったのか
ナマエは弾かれたように

「っ!正則ごめん!あとはまかせた!」

と叫びくるりと身を翻した。

「は?え!?おいちょっナマエ!?」
「……チッ!おい待てナマエ!逃がすか!」

状況が上手く飲み込めていないながらも託された役目を果たそうとしてか福島が立ちふさがるが、目前でナマエを逃がしてしまった苛つきを全て込め睨みつければ悲鳴を上げ後ずさった。つくづく情けない奴だ。
福島を無視し、逃げたナマエを追いかけるべく走り出す。まだすぐ近くに居るはずだ。

「ごめんなさい!どいて!」という声と幾人かの悲鳴が角から聞こえ、そちらに曲がれば左右に分かれ、走っていくナマエを驚いたように眺める女官達が目に入った。
上手いこと開いた隙間をすり抜け走る速度を上げる。
ナマエの足もなかなかに速いが俺には敵うまい。


「待てと、言って、いるだろうが!!」
「ひゃ!」

しばらく鬼事の真似事を続けようやくナマエの右手を掴んだ。
気づけば周りに人気は無く、好都合だとほくそ笑み、そのまま力任せに引き、腕はそのままに後ろから抱え込むようにして捕らえる。

「……逃がさないといったはずだが?」

と、言葉を発しながらもナマエが自らの腕の中にいるというあまりの充足感に驚いた。
先程までの黒い感情が、常の俺には到底似合わぬような甘い喜びに塗り替えられてゆく。
ああ、そうか、そういう事だったのか、何故ナマエに避けられていると知りあれほどうろたえたのか、嫌われたのかも知れぬと怖ろしくなったのか、福島とナマエにあれほど憤りを感じたのか全て納得がいった。

そうか、俺は、ナマエを――――


□□



なんとか固まった体を動かして高虎から逃げ出したというのにすぐに捕まってしまった。
正則、後で、絶対 シメる。

全速力で走ったと言うのにこうも簡単に追いつかれてしまうだなんて、これが男女の差と言うものなのか、と半ば遠い目になって現実逃避をする。
ああ、せっかく決意を新たにしたと言うのにどうして出鼻を挫かれなければならないのか。

「何故俺を避ける」
「……そりゃあ、そんなものすごい形相で追っかけられたら誰だってにげ」
「今の話じゃない、その前からだ。ここ三月、あんたは俺を避けていた。何故だ」

いきなり確信を突かれ、惚けようとするも流石に誤魔化されるわけもなく、

「……」
「俺があんたに何かしたのか?心当たりはないが、なにか気に入らないところがあったのなら…」


何も言えずに黙っていると、自分に非が有るのでは、と言い出す高虎に慌てて否定する。

「違う。高虎は全然、これっぽっちも悪くない。ごめん、私が変なこと始めたから、高虎まで悩ませちゃったね」
「……俺を嫌いになった。というわけではないのだな」

そうか。とほっとしたように息をつく高虎に私は目を見張った。
あの高虎が、私に嫌われてないと知って安心する素振りを見せるだなんて、
これどこから夢なの?と思わず空いた手で自分の頬をつねる。……痛い。夢じゃない。おかしい。

一部始終をすぐ上から見ていた高虎の、何をしているんだ、あんたは。という呆れたような声が耳朶をくすぐって意識が現実に戻ってくる。
というか、近い。近すぎないかこの体制。
後ろから覆いかぶさるようになっている高虎の体を背中に改めて意識してしまい、顔に熱が集まってくる。

「あの、高虎?その、ちゃんと理由を話すから、さ、離してくれない?」
「……だめだ。また逃げられたらたまったもんじゃない」

ぎゅう、とより一層腕に力を籠められてしまって、もう心臓が口から飛び出てしまうのではないかとさえ思った。
早くなった心音もすべて筒抜けなのだと思うとより一層羞恥が湧いてくる。

「逃げないって!逃げないからお願い、離して!」
「断る。このまま話せ」

このままでは妙なことまで口走ってしまいそうで、必死に頼み込むもすぱりと間髪入れずに断られてしまった。
本当に今日はどうしてしまったというのだこの男は。
もうこれはさっさと話してしまって速やかに離してもらうより他はない。このままでいる羞恥に比べたら、願断ちのことを話すなんてちっぽけなものだ。……願断ちの理由は上手くぼかしてしまえばいいのだから、などどこの期に及んで引け腰な考えが浮かんだ。

「高虎のことをこのところ避けてたのは願断ちしてたから!それで、高虎に百日間会わないって決めてたから、だからずっと避けてたの!ほら、理由言ったんだから離してよ」
「何故、願断ちなどしていたんだ。それを言うまでは駄目だ。逃がさない」

何故今日に限って引き下がってくれないのだ。
ああ、もう、駄目だ。これを言ってしまえば、私が高虎をどう思っているかも解ってしまうだろう。
直接好きだと言ってしまうも同然だが、この際だ。と腹をくくる。

「……好きな人がいるの。だから、」
「それは、まさか福島のことか?」
「は?」


……今、この男はなんと言った?
いきなり予想もしなかった名前を出され、目が点になるとはこのことか。
やはりこの男、鈍いどころの騒ぎではない。
ここまで恥ずかしい思いをして、覚悟を決めていたというのに全くこれっぽっちも伝わっていないことにふつふつと怒りが湧いてきた。

「……はあ!?なんでさっきからの話の流れでそうなるの!!この武功馬鹿!!!」
「っ……!」

勢いよく睨み上げながら怒鳴れば高虎は流石に少しだけ怯んだようで、
もうこれはちゃんと、わかりやすく言わないと高虎には伝わらない、と先程の勢いに少し力の抜けた腕を振りほどき勢い良く体ごと振り返る。

「もういい、よく聞きなさい!!私が好きなのは…!!むぐっ」
「いや、待て、言う必要はない」

そのまま言ってしまおうと思っていたのに肝心の言葉の寸前で大きな手に口を塞がれてしまった。
そしてさらにもう片方の手でがしりと肩を掴まれる。

「あんたが誰を好いているかは知らないが、そんな奴はやめにして、俺にしておけ」
「……は?」

何を言われたのか信じられず思わず聞き返してしまうと、なんだ、分かり易く言わなければわからないのか。なんて呆れたようにため息をついて(どの口がそれを言うの)

「俺はどうやらあんたを好いているようだ、だからあんたも俺を好きになれ」

なんて常よりも熱を持った瞳と声音で言うものだから、先ほどまでの憤りもどこへやら。
どんなに鈍かろうが、言ってることがむちゃくちゃだろうが、惚れた弱みと言うものの前にはなんの障害にもならないのだろう。
なんだか馬鹿らしくなってしまってふふ、と笑いが漏れてくる。

「知らなかったの?高虎。願断ちっていうのはね」

一番好きなものを断って願掛けするものなんだよ。と笑えば、高虎は少しだけ目を見開いてから、ゆるりと顔を綻ばせ、ぎゅうとまた私を抱き締めた。

百日には満たなかったが、願断ちというものもあながち侮れないものなのかもしれない。



(そういえば高虎、私に会えないからってずっと調子悪かったんだって?)
(?何のことだ)
((自覚なかったのこいつ!?))


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