浅井軍と男主小話 「高虎!花見に行かないか?」 スパンと障子を開きながら中にいる高虎に声をかける。 織田との戦が続いている中で束の間の小休止とも言えるこの時。 ここ数日空も晴れ渡っていて絶好の散歩日和だ。 そう言えば城の近くの藤棚がそろそろ満開のはず。 皆で花見でも行かないか? まあ、それは素敵ですね長政様。 と長政さんとお市さんが言うので高虎を誘いに来たのだが、 「はあ?この馬鹿忙しい時に花見だと?頭沸いてるのかあんた」 と辛辣なお答えを頂いた。あんたの頭の中がお花畑なんじゃないか?と更に追い討ちもかけられる。 「いや、だって長政さんが…」 お前の大好きな長政さんの提案だぞ?と言いつのろうとしたそのとき 「高虎!花見に行こう!」 「はい!長政様の仰せであれば喜んで!!」 ご本人がいらっしゃった。 なんだこの態度の差、終いには泣くぞ。 ……龍興殿のとこにでも行くか。 □□□ 「わあ、長政様見てください!もう満開ですよ!」 「こら市、走っては危ないぞ……ってうわっ」 目当ての藤の木が見えてくるところまで来てみれば、遠目からもわかるほどに美しい薄紫に覆われていた。 お市さんが最近にしては珍しくはしゃいで藤の木まで走っていったのを、 追いかけようとして長政さんが期待を裏切らずに木の根に躓きこける。 「ちょっ、言ってるそばから長政さんが転んでどうするのさ」 「叔父上の方が危なっかしくて見てられないではありませぬか」 「うう、すまない」 どじだなあ。まったくまったく。なんて龍興殿と一緒に長政さんに手を貸しながら笑ってしまってから、背後の殺気にサァっと血の気が引く、 「貴様ら……長政様にそのような口を聞いて、タダで済むと思うなよ」 悪鬼だ、悪鬼がいる。龍興殿とおびえた顔で目を見合わせて頷きあう。 「まっずい。逃げるぞ龍興殿!」 「ままま、待て!置いていくでない!」 「逃がすか貴様らァ!!」 ぎゃあああという二人分の断末魔が野原に響いた。 □□□ 「やはり叔母上は美しいな……」 「ほんとほんと、花の精と見まごうほどだ。ってな」 ひとしきり忠犬の仕置きを受けた俺と龍興殿は藤の花に囲まれるお市さんと長政さんを何とはなしにぼんやりと見ていた。 こうしてみると本当にお似合いの美しい夫婦だと改めて思う。 「ああ、心が洗われるわー」 「おい、お市様は長政様の奥方だ。邪な目で見るんじゃない」 思わずこぼした呟きを聞きとがめて、高虎が見当違いな釘を刺してきた。 「なんだ高虎、妬いてるのか?」 と面白くなってにやっと笑って茶化してみると、虫けらでも見るような絶対零度の視線を送られた。 冗談の通じない奴だなと苦笑する。 「別に、お市さんにそういう思いを抱いてる訳じゃないさ。ただ、お市さんが織田から嫁いできたときにお供をしてたもんだから、こう仲睦まじい様子を見るとなんか感慨深くってな」 「なんだと!!お前織田とも繋がりがあったのか」 「え、いや、桶狭間の時にちょっとさ、でも今は切れてるよ。稲葉山の時は敵だったろ?ほら、そう怖い顔するなよ」 龍興殿が血相を変えるものだから慌てて弁明する。 「それに、今俺がすべきなのは長政さんとお市さんを守ることなんだから」 花に囲まれたあの美しい人たちの光景を今一時だけのものにするわけにはいかない、という思いを込めて呟く。 「おーい!そなたたち!そんな所にいては花見にならないではないか!」 離れていた俺達に気づいて長政さんが大きな声で俺達を呼んだ。 隣ではお市さんが城から持ってきた弁当を広げ、食事の準備を整えている。 「ほら、長政さんがお呼びだ」 よっこらせ、と立ち上がれば すかさずあんたは年寄りか。と高虎が突っ込みを入れた。 龍興殿は既に一足先に昼食にありつくべく走り出している。 ああ、本当に泣きたくなるくらい穏やかで幸せな1日だ。 浅井・朝倉の命運を分ける刀根坂の戦いはもう3月後に迫っていた。 back |