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この身は


すう、と意識が浮上した。

いやに重い瞼を開ければそこには、


――血だ。

背後から悲痛の色を帯びた怒鳴り声が聞こえる。

――血だまりだ。

名を呼ばれているのだろうか、しかしよく聞き取れない。

誰の血だ?

(――ああ、なんだ……俺のか)

目を覚ますなり飛び込んできた視覚情報に、酸欠で緩慢になった思考が遅れて回転を始め結果を弾き出した。
どうやら一瞬意識を失っていたらしい。
気がついたら己から出た血の海のなか槍を支えに跪いていた、など。

(よく、まあ、生きてるもんだ)

戦いの最中に瞬く間とはいえ意識を失って生きているというのも失笑ものではあるのだが、
これだけ血を失っても死なないとは、なるほど英霊とは便利な身体と見える。
とはいえ視界は狭く霞んでいて音も遠く、もはや己の血潮のめぐる音以外聞き取れない。
目の前には影としか映らないが、対峙するはファブニール。

(絶対絶命……ってやつかねえ)

強者の余裕とでもいうつもりか、こちらの動きを伺っているのか、まだ止めを刺すつもりは無いらしい。
先程のあちらの攻撃で、こちら側はほぼ全滅だ。
唯一奇跡的に持ち堪えた自分だが、ほとんど死に体、次はもう耐えられないだろう。
それでも、

(腕は、足は、動くか?)

四肢に力を入れてみる。

「――ッ!!」

瞬間激痛が走った。
身体がくずおれる。
――だが、動く。
――それならば、

「ヘクトール!聞いてるのかオジサン!!もういいから!撤退しよう!」

不意に、聴覚が回復したらしい。
マスターの声がクリアに飛び込んできた。

――それならば、立ち上がらなければならない。
――退くわけには行かない。

ゆらりと、よろけながらもしっかり地を踏みしめ、得物を構える。

「ヘクトール!!」

思い通りに動かない苛立ちか、はたまた心配してくれているのか、(後者だといいのだが)
少し涙声のマスターに場違いにも少しだけ笑みが溢れた。

「……悪いなマスター。オジサン、もう歳だからよく聞こえねぇんだわ」

――何故ならこの身は、彼のマスターの盾であり、城塞であり、

「今このテカブツ片付けちまうから、そしたらもう1回言ってくれるかい?」

なにより、最強の槍なのだから



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