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冷え性の高虎と幸村の話


もう太陽も中天に差し掛かっているというのに手足の先が凍るように冷たい。
だからこの季節は嫌いなのだ、と内心愚痴をこぼしながら歩いていれば、少し前に見るからに暖かそうな色を纏ったよく見知った男の後ろ姿があるのに気付いた。
気配を忍ばせ、音もなく近づき、その首に冷え切った手をぴとりとつけてみる。

「ひゃっ!!な、なにが…!と、藤堂殿!!何をなさるのですか!」
「……っふは、また情けない声を上げるものだな真田幸村」

冷たさに驚き声がひっくり返るという思いの他いい反応に笑いを押し殺すことができない。
しかし、と少し心配にもなった。

「あんた、そう簡単に背後を取られて大丈夫なのか?しかも首まで触られて。俺が敵の忍か何かであれば今頃あんたの命はないぞ」

すると、幸村は何を思ったのか、「藤堂殿は、お優しいのですね」とにこにこと笑い始めた。

「私を害そうとするものならば、大なり小なり、ほんの僅かでも殺気を発しております故見逃しは致しません。先ほどは、この私に悪戯をしてやろう、というような愉快な気配しか感じられませんでしたのでそのままにしておいたのですよ」
「なんだ、始めからわかっていたのか」

気配や殺気の有る無しは判れども善し悪しまでは解らぬ自分には到底できぬ芸当だと(だから俺には生傷が絶えぬわけだが)感心しつつも、武人としての格の違いというものを見せつけられたようで少々罰が悪く思っていると

「いえ、てっきりくのいちあたりが来たのかと思っていたのですが、まさか藤堂殿程のお人がこのような子供じみた真似をなさるとは夢にも思いませんでした」

と、嫌みのつもりなのか素で言っているのか判じにくい笑顔で笑う。
この男、なかなかにいい性格をしているようだ。

「それにしても」

と、ふいに幸村が俺の右手をその両手で包んだ。
その色に違わず、温かい両手に包まれて急な温度の変化についていけない俺の手はぴりぴりと痺れる。

「藤堂殿の手は驚くほどに冷たいのですね」

感心したように呟き、さする姿がむず痒く、

「まるで性根が透けているよう、か?」

などとついひねくれた事を言ってしまう。

「まさか、その逆ですよ。手が冷たい方は心が温かいのだとよく聞きますから」
「では、手の温かいあんたは心が冷たいとでもいうのか」

言ってしまってから、しまったと思う。

「さあ、どうでありましょうか」

と、少し目を伏せ、自嘲したように言う幸村を見ていられず、つい

「……あんたの手が温かいのは、単にガキの体温に近い、と言うだけの話だろう。そもそも、性根がどうのという話は迷信だろうが」

などとまたもやひねた物言いをしてしまう。
ままならぬものだなこの口は、と苛ついていると

「やはり、藤堂殿はお優しい方だ」

と幸村はおかしそうに笑った。
笑われたのは癪だが、先ほどまでの陰が失せているのに胸をなで下ろしかけ、はたと気づく。
何故俺はこいつの顔色を窺っているのだ。


「さて藤堂殿、こうも寒いと何か温かいものが食べたくはなりませんか?」

不意にかけられた声に湧いた疑問が霧散する。

「何か当てがあるのか」
「先日くのいちが甲斐殿と城下に出た際に、美味い善哉を出す店を見つけたのだとか、甘味はお好きですか?」

善哉ならば、当然餅が入っているはずだろう。

「……嫌いではない、な」
「では参りましょうか」

と繋いだ手はそのままに幸村は歩き出す。

幸村の手の温かさと善哉への期待に、いつのまにやら俺の手もじんわりと温まってきていた。


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