「ヒカリちゃんは、好きな人とかいるの?」

 不意打ちをかけられたわたしは、スプーンをくわえ顔を上げた状態ですっかりと固まってしまった。少し高い位置にあるふたつの瞳と見つめ合い、しまったとは思ったが視線を逸らすことも出来ない。二人とも口を開かないままに時間が過ぎる。
 三秒ほど見つめ合った後に「い、ませんよ?」と返した口調は、最悪なことに大層上擦っていた。シロナさんはくすくすと笑って、また前を向く。そのことに少しだけほっとしてしまった。

「そっか。いるんだー」
「いませんってば」
「どんな人?」
「だからいませんって」
「嘘を吐くのは良くないわよ、ヒカリちゃん」
「シロナさんこそ決めつけは良くないです。大人なのに」

 二段重ねのアイスクリームにほいほいとつられるくらいには子供なわたしは、危うく溶けかけているチョコミントにスプーンを差し入れてひねくれた口調で呟いた。ジュンが昔から「歯磨き粉の味」と言って嫌っているこの味が、わたしはそこそこに好きだ。だからこうして誰かにアイスをおごってもらえるというのは喜ばしいことだけれど、シロナさんの誘いを二つ返事で了承したのは単にアイスが食べたかったからじゃない。
 他の地方に行ったことは無いから比較は出来ないけれど、シンオウは寒暖の差が激しい。万年雪が降っているキッサキは別としても、夏場はどこもそれなりに暑くなる。真夏はまだ到来していなくとも、ここ数週間前からその片鱗が匂い始めているせいで、アイスの冷たさが喉を落ちる感覚が気持ち良かった。

「……前から思ってたんですけど、シロナさんって結構暇人ですよね」
「……人が結構気にしてることをあっさり言うわね君は」

 わたしの言葉に、シロナさんは眉を寄せて「うげ」という表情になった。シロナさんもわたしと同じくダブルのアイスを買ったはずなのに、わたしよりもかなり減りが早い。

「だってよく図書館にいるし、カンナギの祠に行ったらそこにもいるし、挙げ句にアイスでいたいけな子供を誘惑するし」
「あたしの所まで来るトレーナーが少ないんだもの。アイスは、つられる方が悪い。うん」
「わるいおとなのみほんだー」
「みんなに言われる。ダメな大人だって」

 シロナさんは肩をすくめてみせる。第一印象と中身が違いすぎるから余計なんじゃないかなあ、と思ったが口に出すとおそらくシロナさんが傷付くので黙っておいた。大体うら若い女性の、それもチャンピオンの部屋がゴミ山同然とはどういうことなのか。
 以前たまたまナタネさんに出会って、シロナさんについての話題になったときに言われたのだ。シロナさんと時たま共同研究をしたりする仲だというナタネさんは、けらけらと愉快そうに笑っていた。
「あー、シロナの部屋? あれはゴミ山だね、うん。いやすごいのはゴミじゃなくて本なんだけどさ」
 ゴミ山と言われて真っ先に浮かんでくるのは、我先にと住処を手に入れるべく這い回る大量のベトベターの姿だ。さすがにそんな悲惨な状況ではないと信じたい。というかそんな場所に住む女の人なんているはずがないと思いたい。
 わたしが真剣にゴミ山とベトベターの関係について考えている間に、シロナさんはアイスを食べ終えてしまったらしい。コーンを噛み砕くぱりぱりという音を、わたしはどこか他人事のように聞いていた。

「ところで、ヒカリちゃん」
「……あ、はい?」

 唐突な呼び掛けに、慌てて顔を上げる。脳内をうろついていた数十匹のベトベターは頭の隅に追いやった。わたしの考えていたことには似つかわしくない、ちょっと真面目な表情でシロナさんはこっちを見ている。

「今更だけど、もしかして今日何か用事あったりとかした?」
「いえ。いつもみたいにふらふらしてただけですから」
「そっか。なら良かった」

 シロナさんはそう言って、安心したように顔付きを和らげた。前に一度見たことがある表情だと思ったら、リーグを勝ち抜いて、初めて彼女がチャンピオンだと知ったわたしに彼女が向けていた表情だ。

 こうして。
 こうしてたまに二人で並んで座っていられれば、わたしはそれだけでもすごく嬉しい。これ以上望むことなんて無いはずだ。例えば今わたしとシロナさんを隔てている間隔を少しだけ詰めることが出来ればもっと嬉しいだろう。でもそうしないのは、きっと彼女がわたしに失望するところを見たくないからだ。シロナさんに失望されて、距離を置かれたくないからだ。わたしが好きなのが他の誰でもなく、隣に座っている、甘党でちょっとずぼらででもとてもやさしい女の人だと、それを本人には知られたくはなかった。
 女が女を好きになるのが普通ではないことだなんて、自分でもちゃんと分かっている。

「……で、結局のところ誰が好きなの?」
「……またその話題に戻るんですか」

 意地の悪い質問に溜め息をついて、わたしはほとんど溶けて一緒くたになってしまっているチョコミントとイチゴのアイスをスプーンで掬った。そっとそれを口に含んで横目でシロナさんを見ると、まるで子供みたいに期待を込めた瞳をこちらに向けている。なんだか、それがちょっと可笑しい。

「シロナさんには、教えません」
 
 わたしは少し笑って、せめてこのベンチの幅がわずかでも狭くなりますように、なんて願ってみた。








戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -